映写室から見た人たち 〜アッバス・キアロスタミ〜 2013/4/22

アッバス・キアロスタミ監督

名古屋シネマテークがオープンしてから30年、実にたくさんの映画人にゲストとして来て頂いた。舞台挨拶、トークショー、中には数日間にわたってワークショップを開いてくれた監督もいる。そんな多くの来客の中から、忘れがたい人を紹介したいと思う。

個人的に、その筆頭に来るのは、イランが生んだ名匠、アッバス・キアロスタミ監督だ。『桜桃の味』でカンヌ国際映画祭パルム・ドール(最優秀作品に与えられる賞)を受賞し、『友だちのうちはどこ?』『オリーブの林をぬけて』などでも知られる、世界的な監督である。

そんな大監督が、名古屋の、今池の、こんな小さな映画館に来場した、と言うと驚く人が多い。実は、最も驚いたのは、我々スタッフなのだ。というのも、彼は、ある日突然、シネマテークにやってきたから…。

2003年12月。名古屋シネマテークでは、ちょうど彼の新作『10話』を公開中だった。一方、キアロスタミ監督自身は、NHKからの委嘱で、最新作『5 five 〜小津安二郎に捧げる』を制作、そのお披露目のために来日していた。

さらに偶然なのだが、名古屋の三越美術画廊で、日本画家・宮廻正明の絵画とキアロスタミ監督が撮影した写真による「Duet 2003 道」という2人展が開かれていた。監督がその展覧会に来場するかもという話は聞いていたが、来日中も小津に関するシンポジウムへの出席などで多忙をきわめる巨匠のこと、まぁ話半分に聞いていたのが正直なところだ。

ところが、展覧会の初日、三越の担当者から電話が入る。「アッバス・キアロスタミ監督がですね、今、来ておられてですね、で、これから、そちらに伺うそうです」。「え!」。その日は平日、『10話』の観客は10人もいない。

私が正直にそのことを告げると「監督は、それでも全然問題ないと」。緊張して待つこと30分ほど、通訳のショーレさんとともに、キアロスタミ監督は、颯爽と現れた。そしてまったく事態を知ることなく『10話』を見終えた数人の観客の前に、私が紹介する間もなく進み出て、「この映画の監督です」と語り始めたのだった…。

あまりに嬉しかったからか、物事の起きるスピードについていけなかったのか、その時、彼が何を話したのか、ほとんど覚えていない。だが強く印象に残っている言葉がある。

「私が、あらかじめ舞台挨拶をすると言えば、お客さんは入るだろう。でも、そこに来る人は私のことを見たい、あるいは、私に何か言いたい人たちなんだ。私が会いたいと思うのはキアロスタミ本人はいなくてもいい、ただ私の映画が見たいだけという人たちだ」。

他者からの賛辞や名声に左右されることなく、自らが良いと信じる映画をひたすら作り続けるこの人らしい一言だと思う。そして、自作を見に来てくれた観客への深い感謝の気持ちも感じられ、映画館のスタッフとしては、胸が一杯になった。

終始、満面の笑みを湛えた監督は、来たときと同じように、軽やかに去っていった。その後ろ姿は、ちょっと悪戯小僧のようだったけれど。

キアロスタミ監督の前作『ライク・サムワン・イン・ラブ』。本作は全編日本で撮影された。
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プロフィール

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名古屋シネマテーク 支配人

1961年、名古屋市生まれ 。南山大学卒。在学時から、自主上映団体「ナゴヤシネアスト」のスタッフに参加。

卒業後は、同会が1982年に設立したミニ・シアター「名古屋シネマテーク」の専従スタッフとなり、1987年より支配人。

1993年〜2002年、愛知芸術文化センターオリジナル映像制作作家選定委員。

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