<第40話>春場所をふりかえって 2016/4/1

白鵬が8カ月ぶり36回目の優勝を果たしました。3場所優勝から遠ざかっていた彼は、どうしてもこの場所は優勝するんだという強い決意のもと臨むと見ていました。その通りとなり、当然の結果でしょう。

このところ、白鵬に対して稽古量も減り、ピークが過ぎたとささやかれたこともありましたが、そういった周囲への反発、やる気になればまだまだ「自分のほうが上だ」と言い聞かせて臨んだに違いありません。それを見事に証明しました。

相撲内容は圧勝する取り口と、従来見られなかった雑で荒っぽすぎる相撲が目につきました。千秋楽、日馬富士との結びの一番で右手を前に伸ばした後、一瞬、体を左に開いて突き落としで勝敗を決めました。このことで大きな話題、反響を呼びました。稀勢の里が豪栄道に圧勝して東土俵下に勝ち残りでいました。

多くのファンは白鵬が日馬富士に負ければ決定戦もある、と日馬富士コールをしながら土俵を注目したのです。身を乗り出して。

千秋楽の大一番で立ち合い変化して優勝を決めた白鵬

ところが、ところが、一秒勝負。拍子抜けの決着でした。変化による一秒勝負。

一瞬静まり返った直後、罵声とヤジが飛び交いました。45本の懸賞を手にし、花道を下がる白鵬への拍手はパラパラでした。そして、観客がぞろぞろと帰り始めたのです。いつもは表彰式を見ながら温かい拍手を送るためにとどまるのですが、そうではなかったのです。

白鵬が表彰式に再び姿を現してもいつものような拍手は少なく、館内はざわつき、激しいブーイングを浴びせました。

「逃げて勝ってもいいのか」
「そんな優勝でうれしいのか」

優勝インタビューで罵声が耳に入った白鵬が絶句し、「変化で決まるとは思わなかったので申し訳ないです」と謝り、涙を拭いました。全く異様な光景でした。

過去にも大一番といわれる取組があっけない結果に終わることは何度もありました。それもありえたのです。

しかし、今回は決して褒められるものではありません。満員のファンは強い横綱の姿を見たかったわけで、ひそかに優勝決定戦になることも望んでいたのではないでしょうか。それが裏切られた形になりました。

私は成長途上の力士や初優勝を目前にした力士が目先の勝敗にこだわることは許容されてもいいと思っています。白鵬はもうそういう力士ではありません。最多優勝回数の記録を更新し、大横綱といわれる存在です。

それだけに極めて残念だったと言わざるをえません。「大」の字が汚れるようなことがあってほしくないのです。白鵬は双葉山を尊敬しています。双葉山の言葉をしばしば口にし、目指していると話すほどです。

今回の一番からは「なお道遠し」の感を深くします。より謙虚に新たな気持ちで土俵に向かってほしいと願うばかりです。それにしてもファンはありがたくも怖いものだ、正直だと身にしみて感じたことでしょう。

朗報は稀勢の里が大きく変わったことです。先場所の琴奨菊の優勝が刺激になり、転機になったと思います。土俵下の控えに入ったときのソワソワがほとんど消え、緊張してくるとまばたきを繰り返していたのがなくなりました。どっしりと落ち着いていたことが相撲内容にも出ていました。腰高の欠点が減り、土俵際、ひと腰落とす姿が何番もありました。

千秋楽、ともに春場所を盛り上げた豪栄道との相星対決を制した稀勢の里

これまでは攻められてあっけなく土俵を割ることがしばしばでしたが、我慢し、粘って逆転につなげる相撲を見せてくれました。その例が横綱鶴竜戦です。もろ差しになられ、土俵際まで押し込まれたのを残して回り込み、逆転した一番が印象的でした。13勝2敗、立派な準優勝ですから、綱取りも夢ではなくなりました。

カド番だった豪栄道もかなり変わりました。受けの相撲から攻めの相撲に変身する兆しが見られたことです。来場所以降も続けてくれればと思います。琴奨菊にはがっかりさせられました。稽古不足が応えたことは間違いありませんし、勝負の世界は甘くないということです。もう一度、気持ちを切り替えて来場所に臨んでほしいと思います。

さて、殊勲賞を獲得した琴勇輝には驚きました。若さあふれる突き押しの積極相撲に終始し、横綱日馬富士から金星を挙げ、12勝したことは賞賛に値します。来場所関脇が期待されますが、真価を問われます。ただ、立ち合いの駆け引きが審判部に注意されたことは反省すべきでしょう。

10勝を上げた勢が敢闘賞を逃しましたが、場所ごとに地力がつき、重みのある相撲が見られるようになったことも収穫でした。

他では、2場所目の正代が2ケタ勝利をあげ、御嶽海も勝ち越すなど、十両優勝した大砂嵐、入門時から注目を集める小兵宇良が十両入りを決めたことも含め、若手への期待が高まった場所でした。

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プロフィール

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日本福祉大客員教授、元NHKアナウンサー・相撲ジャーナリスト

1930年、北九州市生まれ。早大卒業後、53年NHK入局。初任地は名古屋局で、自身初の大相撲実況は54年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋場所(当時は準本場所)。

NHK在職中は名古屋、福岡、大阪、東京と大相撲の本場所開催地の放送局に在籍。81年、大関貴ノ花引退の放送で思わず絶句。“泣きの杉山、泣かせの杉山”と異名をとる。相撲以外でも東京、メキシコ五輪をはじめプロ野球など各種のスポーツ実況を担当。

現在は日本福祉大生涯学習センター名誉センター長、客員教授。名古屋・栄の中日文化センター講座「大相撲の魅力を語る」で講師を務める。深い知識と豊富な経験を基に、講座で興味津々の話題を紹介してくれる。

著書に「大相撲この名勝負」「土俵の鬼三代」「兄弟横綱−若貴の心・技・体」「土俵のチンギス・ハーン 白鵬」「土俵の真実」などがある。

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