<第45話>心に残る大関列伝(琴風編) 2016/6/10

輪湖時代が終わり、新両国国技館の誕生とともに千代の富士が小さな大横綱として脚光を浴びました。この時代、「おしん横綱」と呼ばれ、千代の富士を脅かした横綱が隆の里でした。両者の脇を固めた大関が三指数えます。

琴風、若嶋津、朝潮です。

琴風(本名・中山浩一)は北の湖同様、中学を卒業する前に角界入りした力士です。師匠の佐渡ケ嶽(横綱琴桜)が三重県津市から部屋に連れ帰り、現役横綱でありながら独立後のわが一番弟子として期待をかけた少年でした。中学に通いながら土俵を務めたのですが、この当時のエピソードが真っ先に思い出されます。

部屋の公衆電話から津市の母親に「ぼく、もう帰りたいよ」と電話口でこぼしたのです。話しかけようとした母の耳に「チャリン」と10円玉が電話機に落ちる音がしたまま、電話はプツリと切れてしまいました。その時の母の言葉です。

「息子に対して、胸をふさがれるような思いでした。10円玉をたくさん送ってやりたいと思いましたが、そこであえて気持ちを抑えました。『いまが大事。この寂しさに耐えて乗り越えてほしい』とあえて送金することはしませんでした」

琴風は昭和46年名古屋場所で初土俵を踏みました。入門5年後、十両に昇進しましたが、一進一退が続き、なかなか幕内へ上がれませんでした。6年後の昭和52年初場所でようやく新入幕を果たしました。

彼の相撲には「押し出し」「寄り切り」しかありません。身長184センチ、体重173キロ(引退時)で出足鋭く踏み込み、頭で当たり、左をのぞかせ、一気に前に出る押し。組めば、がぶり寄りに徹しました。ひざを痛めることも再三ありましたが、前に出ることに徹し続けた結果、昭和54年九州場所で十両初優勝を飾りました。翌年初場所に再入幕してからは3場所連続で殊勲賞、敢闘賞を獲得するまでになりました。

大関を目前とした昭和55年名古屋場所。思いがけず左ひざ半月板損傷という再度の重傷を負ってしまいました。秋場所は全休となり、力士生命が絶たれると心配されましたが、不屈の闘志をかきたて、治療と自主トレーニングに専念しました。後援者との縁で愛知県豊橋市の砂浜を走りながら、再起を期したときの姿が鮮明に思い出されます。

その思いが見事にカムバックにつながり、再度土俵に上がったのでした。昭和56年秋場所、関脇で12勝3敗を挙げ初優勝し、待望の大関を射止めたのです。

昭和56年秋場所で初優勝を飾り、大関を射止めた琴風

琴風の出足とがぶり寄りは千代の富士を再三苦しめました。千代の富士が琴風の壁を破ることに集中し、苦手を克服したことによって第一人者たりえたのですが、琴風の特徴を物語る出来事としても忘れられません。

千代の富士は琴風に勝たないことには成績が安定せず優勝も見えませんでした。名古屋場所前も一宮の佐渡ケ嶽部屋宿舎から名古屋市本山近くの九重部屋宿舎にまで来てもらい、何度も2人だけの稽古を重ねた姿を思い出します。千代の富士の成長は琴風抜きに語ることはできないのです。

2度目の優勝は昭和58年初場所。14勝1敗の成績で綱をも期待されましたが、残念ながらその夢は果たせませんでした。

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プロフィール

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日本福祉大客員教授、元NHKアナウンサー・相撲ジャーナリスト

1930年、北九州市生まれ。早大卒業後、53年NHK入局。初任地は名古屋局で、自身初の大相撲実況は54年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋場所(当時は準本場所)。

NHK在職中は名古屋、福岡、大阪、東京と大相撲の本場所開催地の放送局に在籍。81年、大関貴ノ花引退の放送で思わず絶句。“泣きの杉山、泣かせの杉山”と異名をとる。相撲以外でも東京、メキシコ五輪をはじめプロ野球など各種のスポーツ実況を担当。

現在は日本福祉大生涯学習センター名誉センター長、客員教授。名古屋・栄の中日文化センター講座「大相撲の魅力を語る」で講師を務める。深い知識と豊富な経験を基に、講座で興味津々の話題を紹介してくれる。

著書に「大相撲この名勝負」「土俵の鬼三代」「兄弟横綱−若貴の心・技・体」「土俵のチンギス・ハーン 白鵬」「土俵の真実」などがある。

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