マニアが唸り、初心者の入り口になり、案内書としても最適な『プロレス語辞典』へこめられた思い 2016/7/31

これまでの地道な積み重ねによってプロレスは人気を回復し、世間的には“ブーム”とされています。選手の皆さんが地上派テレビに出演したり、さまざまなメディアでとりあげられたりするのも毎日のごとく見られるようになりました。

ここ数年で変わったなと思うことのひとつに、関連出版物の増加があります。大きな本屋さんにいくとプロレスラーの著書や雑誌、ムック等のコーナーも設置されており、昨年は三沢光晴さんや長州力さんのノンフィクション作品が話題となりました。

数年前まで、出版業界では「プロレスには手を出すな」と言われていたのがウソのように、さまざまなアプローチからプロレスの素晴らしさを選手の素顔を伝えるものが出されているのは、業界に携わる一人として喜ばしく思っています。ブームを生み出した理由、あるいは人気を回復させた方法論といったところが、一般層からも関心を持たれているのでしょう。

そんな中異彩を放つ一冊が、この夏出版されました。『プロレス語辞典』(榎本タイキ・著、高木三四郎・監修。誠文堂新光社/1400円+税)がそれです。

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本のサブタイトルは「プロレスにまつわる言葉をイラストと豆知識で元気に読み解く」とあります。表紙には選手の写真は使用されておらず、技のイラストがズラリ。

レスラー、技、団体、セリフ、史実、会場といったところの基本的な名称や語句はもちろん、それに関係する用語、さらにはプロレスと接点がある物事などを説明。そこにイラストを加えてわかりやすくまとめられています。

いわばプロレス版現代用語の基礎知識。それ以外にもプロレス関連の漫画や映画、本の紹介、レフェリーや団体広報、マスク職人など関係者に訊いたコーナー、4コマ漫画も息抜きのタイミングで挿し込まれており、とじこみ付録ではマスクの作り方もついています。

一目見てプロレスが好きな方が手がけたとわかるラインナップ。我々が子供の頃は、怪獣図鑑のような分厚くて真四角に近いプロレス入門書がありましたが、この一冊は「うんうん、そうだよな」「ほう、これを持ってきたか!」と、よりファンの共感を得られる内容となっており、同時にこれから見てみようと思う皆さんの入り口、あるいは門をくぐってからの案内役にも最適です。

この著者である榎本タイキさんは、意外なほど身近にいました。じつは、私が東京のよみうりカルチャー恵比寿で開講している「鈴木健.txtの体感文法講座」の生徒さんなのです。

今年に入ってから受講を始めた榎本さんはその頃、本書の製作真っ只中だったことになります。もちろんそれを明かすことはせず、本ができあがってから報告を聞いて驚かされたわけです。

榎本さんは名古屋市出身。子供の頃にタイガーマスクをテレビで見てプロレスの虜になりました。新日本プロレスが愛知県体育館に来るたび足を運ぶうち大人になり大学卒業後、地元のデザイン事務所にグラフィックデザイナーとして就職します。

時間に追われる生活が続く中、自分を支えていたのは大好きなプロレスともうひとつ、聖飢魔Uの存在でした。14歳でその存在を知った榎本さんは、プロレスがよく開催される名古屋国際会議場イベントホールではなく、その隣にあるセンチュリーホールの方にいってミサに参加し続けたそうです。

永遠のドアを開いて
夢を探しにでかけよう
もう諦めるな
(聖飢魔U『空の雫』より)

1999年の聖飢魔Uラストミサに触発された榎本さんは一念発起。27歳でなんのツテもない東京へ出て、子供の頃からの夢だったイラストレーターの道へ進みました。

東京では観戦する団体の数も増えてますますプロレスが面白くなるとともに、いくつもの大切な思いをもらいました。それらを出力したくなり、3年前にfacebookで「プロレスリング・イラストレーション」というページを開設。イラストつきの観戦日記をコツコツと書き続けます。

それを閲覧している中に、誠文堂新光社の編集者さんがいました。同出版社は「○○辞典」シリーズを出しており、これまでパン語やコーヒー語といったところを一冊にしてきたのですが、そこで今人気が高まっているプロレスを出したらどうかと企画。

「このシリーズはイラストも描けて文章も書ける人というのが前提にあって、それでお話をいただいたんです。僕はイラストレーターなので最初、絵だけだと思っていたら文章も読んでくださっていて『書いてみませんか?』と言われて、じゃあやってみようと。それが去年の6月ぐらいで、その時点ではまだ出版することが決まっていなくて、上に通してみてOKが出たらやりましょうということだったんですけど、その後正式に決まって。奇跡のようなことでした。3年前にプロレスのイラストを描き始めた時に、いつかプロレスにカスるような仕事でもできたらいいなと思っていたんですけど、まさか本として出せるとは思わなかったです」

プロレスが好きな榎本さんにとって、夢のような話です。でも、いざ作るとなると膨大な時間がかかるのは火を見るより明らか。まずは掲載する用語をピックアップしなければなりません。

無限にある中から製作にかかわるみんなで1000語ぐらいを書き出し、そこから話し合いながら収拾選択をして800ほどに絞り込んでさらにセレクトし、最終的には約650語に。用語を並べるだけではなく、プロレスとは直接関係ないことでもつなげて面白さを出そうという方向性は、この時点で定まりました。

絞り込みつつ、幅も広いものとする。この難しい作業をなんとか終えて説明文の執筆に入ります。イラストはそれらをデザイナーがレイアウトして、スペースが確定しなければ描けないので12月から5月まで突貫作業を強いられました。

「ほぼ用語の数と同じです。本職の仕事と並行してやったので死ぬかと思いました。最大で一日100ぐらい描きましたね。それぐらいのペースで描かないと間に合わなかったんで。やらなければいけないリストを作って、クリアしては線を引っ張って消すの繰り返し。イラストはすべて紙に手作業で描いたものです。僕の仕事の中でも最大の量でしたけど、プロレスが好きなのでこれだけ描いても意欲は途切れなかったですし、今まで一回の仕事で描いた最高は200だったんで、遥かに超えてキャパシティーは広がりました」

描き慣れていたはずのイラストも、中には表現するのが難しいものもありました。たとえば電流爆破デスマッチの爆破シーンや、蛍光灯デスマッチの破片がなかなかうまくいかず苦労したと言います。

それと同時進行でテキストの校正もしなければなりません。文字の間違いだけでなく事実関係もしらみつぶしに確認。ネットだけでなく、自分が持っていた書籍を引っ張り出して調べ倒しました。思い入れの深い試合や場面、出来事には“思い出補正”がかかってしまうもの。そこも記憶を鵜呑みにするのではなく、事実に基づいた表記にする必要があるわけです。

また、この本は最初に監修ありきの企画で、誰か適任者はいないかと榎本さんは振られました。そこで希望したのが、DDTの大社長・高木三四郎選手。

「プロレスラーであり、かつプロレスの視点が広いしプロレス以外の視野も持っている。それで高木さんにお願いしたいと言いました。でも、僕は一ファンですからお願いしても通らないと思ったんです。ところが話を持っていったら乗り気でやってくださって。こういう本はなかったし、ご自身も初監修ということで了承していただけました。監修としては、全体像を見ていただきました。この選手はこの言い回しは避けた方がいいとかのアドバイスをいただきました。今回“路上プロレス”と“どインディー”の2つは高木さんから入れてほしいとリクエストをいただいて載せたものなんです」

さる7月19日、東京・神保町の書泉グランデで開催された発売記念イベントに監修を務めた高木大社長(右)と出演した著者の榎本さん(画像提供:高木大社長)

こうして手間暇をかけて本は少しずつプロレスの持つエネルギーを宿らせていきました。榎本さんの情熱、出版社側の理解、そして高木大社長の協力…それらが一体化し、いよいよ完成します。

「できた時は喜びよりも不安の方が先でした。一生懸命作りましたけど、世の中にはプロレスの猛者がいるのに自分の持っている知識で作って届くかなとか、好きな選手のことをうまく書けなかったらバッシングが来ないかなとか。プロレス語辞典という大きな名前で書いたことがどう届くのかというのは読めなかったですから。高木さんの名前があるんである程度は売れると思ったんですけど、書いているのは自分なんで高木さんの名前を傷つけないかとか、そういうことばかり思っていた時がありました。

でも、プロレスってすごくいろんな見方ができるんだよ、僕は人生の見方を教えてもらったんで、そんな力があるんだよということを伝えられるものがあったらいいなとずっと思っていて。最初は自分なんかとても…と、断ろうかなと思ったんですけど、断ったらほかの人がやるだろうからそれはもったいないと。イラストレーターになったのも、世の中に楽しさとか明日も頑張ろうと思えるようなことを提示できる人がなりたくて、自分の場合はその手段がイラストだったんです。そして…今回、これを作ったモチベーションのひとつに垣原賢人さんの存在がありました。感動をいただいた方が病気で苦しんでいる。病気になってもエネルギーをくださっているところにすごい感謝があって、それの恩返しがしたい。そういう思いをプロレスからはいっぱいもらえる。ただ楽しいだけじゃなくて、自分の人生と重ねながらもらってきたものがいっぱいあるというのが、一番の魅力なんです」

かつてプロレス界で一大ブームを巻き起こし、社会現象にまでなったUWF。その生え抜き選手として1990年にデビューしたのが垣原賢人さんでした。以後もUWFインターナショナル、全日本プロレス、新日本プロレスで活躍し2006年に引退後もプロレス界に携わっていたのですが2014年12月、悪性リンパ腫に侵されている事実をfacebookで公表します。

すぐさまプロレス界では募金活動が始まり、翌年8月には後楽園ホールで支援興行も開催されました。現在も垣原さんは、ガンとの長い闘いを続けています。

垣原さんの存在がこの一冊の裏にあったことは、話を聞いて初めて知りました。やはり人間は、自分のことよりも他者のために動いた時にこそすさまじい力を発揮できるのです。出版されてしばらくすると、Twitterやfacebookを通じ榎本さんの不安をかき消す声が続々と入ってきました。

「プロレスを見始めた方が何から勉強したらいいのかわからないという時に、この本と出逢ってよかったと言ってくださったりとか、ベテランファンの方もあるあるという感じで読んでいただいたり。いろんな方に読んでもらうのが最初の理想だったんで、その通りになってよかったです。編集者の方も、こういうタイプの本はなかなか作れないと気に入ってくださっています。本が出てから、同業者に褒められることが多いと言っていましたね」

同じ文章を書く一人として、これほど人々の心をとらえる立派な本を出した方が、自分の講座に来ているのは不思議でなりませんでした。お金を払って受講しなくても、もうこうして世に著書を出せているのですから。でも、榎本さんは言いました。

「本の製作中に文章講座を受け始めたんですけど、これをやっているからこそ自分の文章をもっと研さんしたかったんです。ただでさえ忙しい時にやれるのだろうかと迷いましたが、今こそやらないといけないと決意して来ました。人に伝える言葉を磨きたい、特にプロレスに関しては届く言葉を学びたいと思ったんです。僕はプロの書き手ではないんで、文章に関しては素人。今回、書きはしましたけど思いだけで書いたんで、プロとしての言葉を一回は学びたいなというのがあって受けました。体感文法講座で学んだことと照らし合わせながらこの本を読むと、恥ずかしいところがいっぱいあって…これを最初から知っていればもっと違う言い回しができたのにって思いました。でも、今度作ることがあったらここで学んだものをフィードバックしたいです」

そんな榎本さんが次にやりたいと思っているのは、この本が売れて第2弾が出せるとなったあかつきには応用編にチャレンジすること。そしてもうひとつは…「聖飢魔U語辞典を作りたいですね」――。

当初に掲載された数あるプロレス用語の中へ、何食わぬ顔をして“デーモン閣下”が紛れ込んでいます。いったいどういう形でプロレスと結びつけられているのか。14行ほどのテキストと1枚のイラストには、榎本さんの次なる夢がこめられているのです。

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プロフィール

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プロレス編集記者

1988〜2009年の21年間、ベースボール・マガジン社発行『週刊プロレス』に在籍し編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。

退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。

CS放送FIGHTING TV SAMURAI、GAORA SPORTSでプロレス中継の解説を務めるほか、ニコニコ動画「ニコニコプロレスチャンネル」では選手へのインタビュアーやニュース情報番組のMC、試合中継の実況コメンタリーとして週3〜6回出演。

執筆に加えより広い層にプロレスの魅力を伝えるべく講義やイベントを開催、出演するなど活動中。

名古屋のプロレス団体・スポルティーバエンターテイメントが主催する「愛プロレス博」で場内解説を務め、栄中日文化センター「文化系プロレス講座」の講師として、プロレスを文化的にとらえた楽しみ方をレクチャーするなど、名古屋のプロレスシーンに関しても造詣が深い。

また、東京・読売日本テレビ文化センター「鈴木健.txtの体感文法講座」では後進の指導にも当たっている。

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