信長攻路でもタブレットコンテンツを作ってもらいたい、と熱望します 2016/12/31

名古屋城前をウォーキングへと進む河村市長と武将隊

名古屋市、というか、河村名古屋市長が推し進める「信長攻路〜桶狭間の戦い 人生大逆転街道〜」という観光街道整備事業ですが、これまでこの連載で何度かご紹介してきました。

信長が清須から桶狭間へ向かった3本の行軍街道は、今年2016年11月に設定されましたが、この事業の今年最後のイベントが12月11日に名古屋城で行われました。題して「信長攻路 名古屋城戦国フェス」です。

書き終えられた金文字の前でトークショー
今年最後の雄叫びを上げる河村市長

甲冑に身を固めた女性書道家・青柳美扇さんのタイトル文字「ナマ書き」パフォーマンスのあと、おもてなし武将隊や桶狭間太鼓などのステージパフォーマンス、行軍道のひとつで木瓜道と名付けられた美濃街道・榎白山神社までのウォーキング、スポンジ刀でのチャンバラ合戦やギネス挑戦白刃取りといったイベントが続きました。ただ正直、来客は少なめでしたので、信長攻路、来年はさらなる広報活動が期待されるところです。

チャンバラは子どもたちが大活躍。腕のカラーボールを切り落とされたら負け

さてこれとは別に、11月26日にあった「小牧・長久手の戦い合戦図屏風と見る、戦における空間、地形、時間〜タブレットコンテンツ長久手の戦いビューワーを利用して〜」がかなり素晴らしいものでしたので紹介しておきたいと思います。

昔の風景に両軍の動きが表示されます

信長亡き後、秀吉と家康が覇を競った小牧・長久手の戦い。この戦いの特に大きな合戦は長久手市域で行われました。その古戦場公園近くには巨大なイオンモールができ、少し前までは残っていた当時の雰囲気がすっかり失われてしまいました。

そこでITの力で戦いの模様をガイドしようと、愛知県立芸術大学の関口敦仁教授がタブレットコンテンツ「長久手の戦いビューワー」を開発。11月26日に現地講座が開催されました。当日は参加できなかったのですが、後日、関口教授からいろいろ話をうかがいました。

拡大すると両軍の詳細がわかります

「長久手の戦いビューワー」は自分の位置情報をGPSで得て、その位置から見えたはずの合戦の模様が手元のダブレットに映し出されるというもの。長久手のどこか(写真では岩崎御嶽社付近)でタブレットを古戦場の方向に向けると、当時そこから見えるはずの両軍の軍勢の動きや数、合戦の模様が、タブレットに表示されます。

現実には住宅ばかりが建っているのですが、タブレット上にははげ山や平原状態の当時の風景があり、どのあたりに、どの武将の部隊が、どれくらいいるのかがわかります。

現在の眺望の中に両軍の位置が表示されます

それを確認したあと画面を現実の風景に切り替えると、住宅や道路の風景の中に両軍が表示されます。これで実際の風景を見ながらも合戦の動きがイメージできるわけです。しかも表示された両軍は静止しておらず、合戦の時間経過とともに動き、戦いによって人数が減ったりしていくように作られているので、その場でかつての合戦の経過が眺められるという素晴らしい作りとなっています。

いわゆるバーチャルリアリティといえるほどのリアルさはありませんが、地図を眺めているだけではわからない現地の様子が、バーチャル風景と現実の風景上に重ねて見えるという点で、これは画期的なものでしょう。

時間経過で両軍の数が変化していきます

長久手の戦いは史料が豊富で、戦いの経過がかなりはっきりと分かっていますから、それによってこうしたリアルなタブレットコンテンツを作ることができたと思いますが、真相がはっきりしない桶狭間の戦いでこれをやろうと思っても、基本となるシナリオを作ることができないのは辛いところです。

ただ、仮説に基づいてでもこうしたソフトを作れば、桶狭間の地を訪れた人が合戦の雰囲気を味わうことは出来るでしょう。名古屋市には住宅地化が進む桶狭間でぜひこのようなタブレットコンテンツ、あるいはアプリを作ってもらいたいものです。もちろんその際にはお手伝いさせてもらいますよ。

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自動車&歴史ライター

1956年 名古屋市守山区(当時は守山市)生まれ。バンド活動から自動車雑誌、タウン雑誌などの編集を経て、出版編集・web制作を生業とする株式会社デイズを創業。

代表を務めつつ、自動車ライターとして、中日スポーツなどで試乗記を10数年間、毎週執筆。現在は「モーターデイズ」というwebサイトを中心に活動中。

今年5月には、長年の取材をまとめた「信長公記で追う桶狭間への道」を出版。織田信長誕生から桶狭間の合戦までの26年の人生、その年齢ごとのゆかりの地をクルマでたどる歴史観光ガイドムック(雑誌タイプの本)で、歴史ライターとしても活動を始めた。

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