書評「映画という《物体X》」 2017/4/16

「映画という《物体X》」(立東舎) 書店にて発売中

今回は少々趣向を変えて、映画の本の話を。

昨年秋に刊行された「映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画」を読んだ。著者は、岡田秀則氏。東京国立近代美術館フィルムセンターの主任学芸員を務める人である。フィルムセンターといえば、映画の保存を主な事業とする国営機関。ならば、これは映画保存に関する専門書で、映画ファンには関係ないか…と思う人もいるかもしれない。がしかし、そう思って読み逃がすにはあまりに勿体ない。これは実に面白い本なのだ。

まずは、著者の関心の幅広さと探究心に驚かされる。もちろん、何事にも「映画」が関わっていなければ、その関心も探究心も発揮されないのではあるが。しかし、こと映画、それも注目されず歴史の片隅に眠っている映画や、それに関わる事象に触れたとき、著者の探究心に火がつく。

たとえば、企業や公共事業をPRするために作られた、いわゆる“産業映画”のひとつ『御母衣ロックフィルダム第一部』(1961年)についての記述。ダムの素材となる膨大な岩石を集めるため、近隣の山々を次々と爆破していく映像に筆者は陶然と見入る。私自身、かつて『海の礎』という産業映画で、波が渦巻く明石海峡に橋脚を設置していく映像にいたく興奮したことを思い出す。

しかし、岡田氏の場合、そこでは終らない。すぐさま日本占領下の朝鮮・満州国境のダム建設を記録した『鴨緑江大水力発電工事』という作品が呼び出され、“ダム映画”なるジャンルの存在を、読む者に想像させる。さらには、御母衣ダム建設のため土地を追われた村民の数世帯が渋谷区に居を移し、円山町で旅館業を始めたことが、現在のホテル街・円山町の契機…という逸話に辿りつく。こうなると映画に端を発した歴史・文化史の趣きだ。

この一端から分かる通り、本書は専門書でもなければ、ましてや映画批評書でもない。著者はとりわけ“良い映画”と“悪い映画”を分類することには関心がないようだ。第一章冒頭の見出し「すべての映画は平等である」は、そのことを端的に表している。それは、主観的価値判断をとりあえず置いて、日々フィルムに触れながら、作品の収集・保存に尽力するアーキビスト的視点ではあるだろう。

しかし同時に「映画」という表現そのものに魅了され、とにかく見られるものを片っ端から見たいと願う映画ファンの初期衝動に近いものも感じさせる。たいていの映画ファンは、その初期衝動をいつしか失い、ゴダールが…とかアンゲロプロスが…とか言い始め、やがて見る映画を選別し、好みの作品のDVDを所有して、そのまま積んでおいたりするのだ(はい、私もやってます…)。

だが、長年映写技師を務めてきた私の実感でもあるが、つい数年前まですべての映画はケースに入ったロールフィルムとして映写室にやって来ていた。ゴダールも、アンゲロプロスも、ポルノ映画も、産業映画も、見た目はどれも同じだ。フィルムを手にとって光にかざして見てみると、どのフィルムにも静止した極小の世界が拡がっている。それらは、ここは窮屈だ、早くスクリーンに映してくれないかと囁いてくる……というのは、映写技師の職業病的幻聴だが(笑)、こうした映画の物質的側面に触れると、たしかに「すべての映画は平等である」と言いたくなる。と同時に、フィルムに触っていると、1秒24コマでフィルムが動いていけば、人間の目には“さも動いているように見える”という映画の原理、言わばパラパラ漫画の原理を、実感する。

この児戯とも言える映画の原理は、子どもの遊びであるがゆえにユーモラスであり崇高でもある。一度それをリアルに実感してしまった者は、映画への初期衝動を身体的に持ち続けることになっても不思議はないし、むしろ逃れられなくなると言ってもいい。そうして「映画」に憑かれた者の経験談として、本書は楽しくも傾聴に値する話の連続なのである。もう字数も尽きつつあるので、目次から見出しを引こう。「映画は牛からできている」「映画は密航する」「観たことのない映画に惚れた話」etc.etc…。どうです、読んでみたくなりませんか? 

…最後に。今、フィルムが映写室にやってくることは希になった。映画の規格がフィルムからデジタルに変わるという大変革期にあって、映画への初期衝動もまた変わっていくのだろう。フィルムという物質が消えると同時に、パラパラ漫画としての映画に住んでいた天使も消えてしまうのか?著者のこれからの考察にも注目したい。

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プロフィール

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名古屋シネマテーク 支配人

1961年、名古屋市生まれ 。南山大学卒。在学時から、自主上映団体「ナゴヤシネアスト」のスタッフに参加。

卒業後は、同会が1982年に設立したミニ・シアター「名古屋シネマテーク」の専従スタッフとなり、1987年より支配人。

1993年〜2002年、愛知芸術文化センターオリジナル映像制作作家選定委員。

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