第一回 名古屋場所のはじまりと栃若時代 2017/5/12

初優勝を果たし、日本相撲協会の八角理事長(右)から賜杯を受け取る稀勢の里 =平成29年初場所千秋楽で

平成29年1月場所、大関稀勢の里が14勝1敗で悲願の初優勝を決め、その後の横綱審議委員会では全会一致で横綱昇進を推薦されました。ファン待望の、19年ぶりの日本出身横綱誕生です。これには日本中が大いに沸き返りました。

その後3月の大阪場所、東京での5月場所のチケットは発売当日に即完売し、また最近は「スー女」と呼ばれる女性ファンも急増。空前の相撲ブームと言ってよいほど、国民の相撲に対する関心が高まっています。ここまでの盛り上がりは、数年前には予想もできなかったことです。

日本の伝承文化である大相撲が、年6場所制になってから今年で60年を迎えます。東京、大阪、九州についで昭和33年、最後に本場所となった名古屋場所が7月で60年というわけです。この間、多くの人気力士が誕生し、様々なドラマが生まれました。この連載では、名古屋場所で繰り広げられた多くの名勝負や力士達の活躍を振り返りながら、名古屋場所のエピソードを通じて、大相撲60年の変遷をご紹介したいと思います。

さて、まずは名古屋場所の始まりについてお話ししましょう。

本場所に昇格後、初の満員御礼の垂れ幕が下がった大相撲名古屋場所=昭和33年7月、金山体育館で

もともと名古屋では本場所開催以前から、それに準じた興行が行われていました。東京での1月初場所が終わり、3月の大阪場所に向けて移動する途中で、2月に名古屋へ立ち寄って準本場所が行われていたのです。

実は、私が初めて大相撲の実況中継をしたのもこの2月の準本場所です。当時は金山体育館が会場で冷暖房設備がなかったため、外では粉雪が舞う中、足に毛布をかけ、オーバーを着て実況していました。

戦後、東京で3場所、大阪で1場所が定着していたのですが、新聞のスポーツ面が充実したり、ラジオやテレビの情報伝達手段が広がって相撲人気が高まるのに合わせ、もっと本場所を増やしてほしいという要望が出てきました。

名古屋に遅れて準本場所を開催していた福岡は地元の料亭組合が先頭に立ち、地域を挙げて誘致活動を進め、名古屋に先駆けて昭和32年11月、九州場所として本場所を開催することになりました。

名古屋では中部日本新聞社(現在の中日新聞社)が本場所開催に向けて積極的に相撲協会に働きかけ、昭和32年6月下旬から7月にかけて、本場所のテストケースとして準本場所を開催しました。他の本場所が1月、3月、5月、9月、11月と決まったので、巡業や他の場所と重ならないように、この時期になったのです。

粉雪の舞う2月から6月末に開催が変わり、今度は暑さ対策が必要になりました。金山体育館には冷暖房の設備がありませんでしたから、通路に氷柱を置いたり、休憩時間には客席へ向けて、少しでも空気が清涼になればと、酸素ボンベをシューッと使ったりしたものです。

梅雨から盛夏へ向かう時期ですから、湿気と猛暑で力士の体調管理が大変になりました。移動や宿舎の問題もありました。これらに相撲協会が頭を悩ませる中、中部日本新聞社が問題解決のために積極的に案を練り、地元財界のバックアップも取り付けて、九州場所から遅れること1年、昭和33年に正式に本場所として開催することになりました。

この時、中部日本新聞社の全面的な協力で開催にこぎつけたことから、年6回の本場所の中で名古屋場所だけが日本相撲協会と中日新聞社の共催で行われることになり、その体制が今日まで続いています。長い歴史の中では相撲界にも様々なことが起こり、もちろん人気面での浮き沈みもありました。近年でも不祥事から、大きく人気が低迷したことがありましたが、そんな中、中日新聞社が変わらぬサポート体制を貫いてきたことが、名古屋場所、ひいては大相撲の発展に大きく貢献したのは間違いありません。

その後、昭和40年に冷暖房完備の愛知県体育館へと会場を移し、いよいよ活況を呈するようになりました。そして今日まで、間近に名古屋城を臨む名古屋の中心地で、まさに夏の風物詩として愛されてきたわけです。

さて、ここからは人気力士やファンを唸らせた名勝負など、土俵上の出来事を中心に、名古屋場所60年の歴史を振り返って参りましょう。

昭和35年名古屋場所7日目 若乃花の土俵入り

本場所に昇格した名古屋場所での優勝第一号は若乃花です。若乃花は「名人横綱」と呼ばれた先輩力士の栃錦を目標に、この年(昭和33年)の春、横綱に昇進した力士です。名古屋のファンは、のちに土俵の鬼と謳われた若乃花の、新横綱としての勇姿を目の当たりにしたのでした。

栃錦は、この3年前の昭和30年1月に横綱になったのですが、当時は大型横綱・千代の山、鏡里、吉葉山らが綱を締めており、そんな中176センチ、100キロそこそこの体で、4人目の横綱として注目を浴びました。若乃花も179センチ、100キロそこそこでしたから、小兵横綱の代名詞として栃錦・若乃花がファンの注目を集めました。まさに、本格的な「栃若時代」の、幕開けの時でもあったわけです。

この両雄の優勝争いを、名古屋のファンは手に汗握って見つめました。結果は、千秋楽結びの一番で若乃花が上手投げで勝利を収め、新横綱として初優勝を飾りました。暑さも吹き飛ぶほど館内を大いに盛り上げた両雄の姿が、今でも鮮やかに思い出されます。

栃錦の土俵入り。太刀持・栃栄、露払・成山

翌34年は栃錦が優勝したのですが、忘れがたいことがありました。14日目に優勝を決めた栃錦の晴れ姿を見、祝うために父・夏五郎さんが名古屋に駆けつけようとしました。ところが道中で思いがけない交通事故に遭い、栃錦に会うことなく亡くなられたのです。喜びに沸いていた中で突然の訃報に接した栃錦は、深い悲しみに暮れました。しかし翌日の千秋楽では気力を奮い立たせて勝利を収め、全勝優勝を果たしたのです。

こうして「栃若時代」が大きく花開き、2人は注目の的となりましたが、翌35年には再び若乃花が優勝することとなります。実は、名古屋のひとつ前の夏場所で、場所開始早々栃錦が引退してしまったのです。

思えば両雄の最後の相撲は、この年春、大阪場所千秋楽での優勝をかけた直接対決でした。この対決を若乃花が制し、初の全勝優勝を果たします。栃錦は優勝に準ずる14勝1敗の好成績を残しながらも、翌夏場所に引退してしまいました。まさに師匠春日野親方(元横綱栃木山)の教え“桜の花の散るごとく”を実行したのです。

若乃花は、先輩であり良きライバルでもある栃錦の引退にショックを受けているようだ、沈みがちな様子だと、何度か耳にしました。しかし横綱として己を鼓舞して名古屋場所に臨み、見事、自身9度目の優勝を果たしたのです。

その後、後輩横綱の朝潮が腰椎症のために若くして引退すると、若乃花は一人横綱となりました。彼は「横綱には後継者を育てる責任がある」と語り、後進の育成にも積極的に動きました。一門、部屋などを離れて、有望な大関・関脇など後輩力士たちに何度も胸を出して7巡もさせるなど、厳しい稽古をつけた話はあまりにも有名で、土俵上の姿だけでなく、この稽古も若乃花が「土俵の鬼」といわれた所以です。

念入りに仕切りのけいこを重ねる大鵬

この猛稽古の中、世代交代の狼煙を上げたのが大鵬、柏戸ら後の両横綱であり、また佐田の山、栃ノ海であり、さらに栃光、清国、北葉山、大麒麟らでした。若乃花の稽古が実を結び、大関大鵬が昭和36年名古屋場所とその後の九月場所で連続優勝。場所後にライバルの柏戸とともに横綱に推挙されました。

若乃花は自身の言葉どおり横綱としての責任を果たし、りっぱな後継者を育て上げました。そしてこの大鵬の優勝は、まさに新時代の夜明けと呼ぶべきターニングポイントだったのです。

その後の大鵬らの活躍については、また次回にお話ししましょう。

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プロフィール

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日本福祉大客員教授、元NHKアナウンサー・相撲ジャーナリスト

1930年、北九州市生まれ。早大卒業後、53年NHK入局。初任地は名古屋局で、自身初の大相撲実況は54年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋場所(当時は準本場所)。

NHK在職中は名古屋、福岡、大阪、東京と大相撲の本場所開催地の放送局に在籍。81年、大関貴ノ花引退の放送で思わず絶句。“泣きの杉山、泣かせの杉山”と異名をとる。相撲以外でも東京、メキシコ五輪をはじめプロ野球など各種のスポーツ実況を担当。

現在は日本福祉大生涯学習センター名誉センター長、客員教授。名古屋・栄の中日文化センター講座「大相撲の魅力を語る」で講師を務める。深い知識と豊富な経験を基に、講座で興味津々の話題を紹介してくれる。

著書に「大相撲この名勝負」「土俵の鬼三代」「兄弟横綱−若貴の心・技・体」「土俵のチンギス・ハーン 白鵬」「土俵の真実」など。最新刊は「土俵一途に 心に残る名力士たち」(中日新聞社発行)。

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