第四回 千代の富士時代 2017/6/28

昭和56年1月場所に貴ノ花、続く3月大阪場所では輪島が引退して、北の湖が孤塁を守ると思われた年、千代の富士が颯爽と登場しました。

大型力士時代になっていた角界で、182センチ・120キロと決して大きい身体ではない千代の富士が、ウルフスペシャルといわれた左上手投げや、スピードあふれる立合い一気の直線の寄り切りで大型力士を次々と破り、ファンの溜飲を下げました。

昭和56年1月、北の湖を決定戦で破り初優勝して大関に昇進するや、それからわずか3場所目の名古屋でも北の湖を破り自身2度目の優勝を決め、場所後には横綱に昇進して喝采を浴びました。こんなに早い綱取りの例は、その後ありません。

昭和56年名古屋場所千秋楽。千代の富士は強烈な右から上手出し投げで北の湖の体勢を泳がし、すかさず寄り切って2度目の優勝。

その千代の富士も、当時としては小兵故に短命ではないかと囁かれ、新横綱の秋場所をケガのため休場を余儀なくされたことによって、その声がますますかまびすしくなりました。生来強気の彼が、そういった風評を吹き飛ばしたのが昭和56年九州場所でした。千秋楽、当時小結の朝潮を優勝決定戦の末破り、横綱として初めて、通算では3回目の優勝を決めてみせたのです。

優勝を決めた直後のインタビューではぼうだの涙を拭いもせず、喜びを露わにした姿が今も目に焼き付いています。横綱としての責任を果たさなければ、という想いがいかに強かったかを物語る光景でした。

その後、北の湖がまる3年横綱を努め、その間2回の優勝もありましたが休場がちで精彩を欠くようになり、この昭和56年を境に、千代の富士によって世代交代がなされたことは間違いありません。

およそ1万人のファンが見守る中、太刀持ち朝汐、露払い富士桜を従え、神前に力強い雲竜型の土俵入りを奉納する千代の富士=明治神宮

千代の富士について唯一残念に思うことは、これまでお話ししてきた「栃若」「柏鵬」「輪湖」の各時代のように、並び称される横綱がほとんどいなかった事です。そのなかで、双羽黒(北尾)が不祥事で早々と角界を去ったこと。隆の里が横綱となり、千代の富士の好敵手と目されながら、糖尿などのため短命に終わったことが悔やまれます。もしこの2人がもっと長く、元気に土俵を務めていれば、千代の富士自身もより強くなっていたのでは、と思われて残念でなりません。

名古屋場所での成績は、前述の横綱昇進を決めた昭和56年の優勝をはじめ、翌57年、61年〜平成元年の毎年と、計6回の優勝があります。そのなかで忘れがたいのは平成元年、弟弟子北勝海との史上初・同部屋横綱同士の決定戦を制しての優勝でした。そしてこの優勝には、弟弟子との決定戦ということ以外にもいくつかの背景があったのです。

さかのぼって平成元年3月の大阪場所14日目、これを勝てば千代の富士が優勝という場面で対戦相手は横綱大乃国。2月に生まれたばかりの三女のためにもと優勝に燃えていた千代の富士は、怪我防止のため封印していた得意の左上手投げを連発して大乃国を下し、愛娘を抱いて賜杯とともに記念写真に収まりました。ところがこの時の無理な投げがたたって左肩を脱臼し、5月場所は全休を余儀なくされます。

なぜ、無理をして自ら禁じた左上手投げを打ったのか。千代の富士は、前年の昭和63年5月場所7日目から53連勝しており、当時は往年の大横綱・双葉山の大記録69連勝に次ぐ記録。どこまで伸びるかと思われたこの連勝記録を11月の九州場所千秋楽で止めたのが、実は大乃国だったのでした。そんな因縁の相手だったことが、自ら封印した左上手投げを使ってでも勝たなければと、千代の富士の負けん気に火をつけた一因かもしれません。

そして全盛期を過ぎていたこともあり、肩の大怪我と5月場所休場を受けて、再び引退説がささやかれるようになります。それを振り払い名古屋場所へ向けての稽古を再開しようかという時、幼い三女が乳幼児突然死症候群で亡くなってしまったのです。

度重なる苦境にさすがの大横綱も耐えられないのではと、周囲は名古屋場所の休場を勧めましたが「家族のためにも」と本人は出場に踏み切ります。愛知県体育館へは数珠を首からかけて通いました。

平成元年名古屋場所千秋楽。史上初の横綱同士の同部屋決戦を制した千代の富士(左)=愛知県体育館で

そうした様々な出来事を抱えて迎えた千秋楽・優勝決定戦。本来右四つの千代の富士が、北勝海を左四つに組み止めての右上手投げで豪快に転がし、見下ろした気迫の形相が今でも目に焼き付いています。そしてケガと闘い、愛娘を失った悲しみを乗り越えて掴んだ強い横綱・父親としての姿がファンの涙を誘ったのでした。

その後の秋場所で、千代の富士は当時史上最多の通算965勝の勝ち星を挙げ、場所後に角界初の国民栄誉賞を受賞しました。通算優勝回数は31回を誇りますが、様々な意味で、私としては平成元年名古屋場所のドラマチックな優勝がひときわ印象深く残っています。

千代の富士の横綱在位中、前述した双羽黒、隆の里をはじめ、弟弟子の北勝海、大乃国、旭富士らが横綱となり、土俵を盛り上げたことも忘れてはいけません。昭和から平成への相撲界の流れを回顧するとき、平成3年5月場所での千代の富士−貴花田(当時)戦が大きな節目として語り継がれていますが、若貴兄弟の台頭によって千代の富士時代〜若貴フィーバーの流れができ、世代交代がなされた、と見て間違いありません。

昭和から平成へ、小さな大横綱千代の富士は、昭和最後の大横綱であったと同時に、平成の貴乃花らへの橋渡し役も果たしたのでした。バトンを受けた若貴兄弟の台頭とライバル力士たちの活躍は、また次回にご紹介しましょう。


さて、少し話は変わりますが、7月に入るとまもなく名古屋場所が始まります。実は、思いがけない力士が活躍するという点で、名古屋場所は「荒れる」と有名な場所なのです。昭和38年の大関北葉山、昭和39年の平幕富士錦、昭和44年の新大関清国、平成4年の平幕水戸泉など、場所前には優勝候補に挙がらなかった伏兵が賜杯をさらってゆきました。なかでも昭和50年、輪湖時代のさなかに名古屋場所を制した平幕・金剛の優勝は忘れられません。

前述したとおり、もともと「荒れる」といわれる名古屋場所ですが、当時、輪湖時代が始まったばかりで“さあこれから”というときに、横綱北の湖から金星をあげた金剛が、そのままの勢いで実際に優勝してしまったのには誰もがあっと驚きました。

昭和50年名古屋場所千秋楽。優勝した金剛が、青葉城(右)と麒麟児(左)を従えて半田まで優勝パレード

金剛という男は「力士は寡黙だ」といわれていた当時、非常に饒舌でマスコミを喜ばせた力士でした。有名な金剛のコメントに「ナポレオンの睡眠時間が4時間なら、金剛は2時間で十分だ」というのがありますが、この時は土俵の快進撃に合わせて、大口ぶりもますます加速。場所後半になると「半田までパレードで手を振るのはくたびれるから、自動手振機でも発明するか」と、優勝宣言も飛び出しました。

こんな風に支度部屋で軽口をたたき、以前から「ほら吹き金剛」というあだ名までついていた金剛。彼は二所ノ関部屋の所属で、先輩力士にはあの大横綱大鵬や、大関大麒麟がいました。面白おかしく取材に答えるのも、大鵬や大麒麟の引退後、少し静かになった部屋を盛り上げようとの思いがあったのかもしれません。

千秋楽で、それまで対戦成績3連敗中だった鷲羽山を右上手投げで破り優勝を決めると、取り囲んだ取材陣に向かい“ほら吹き”の“ほら”にかけて、「ほら、見たことか!」と得意げに言い放ち笑いを誘いました。


2連覇を狙う白鵬、復活を期す稀勢の里、新大関高安…今年の名古屋場所は、みなさんはどの力士が活躍すると予想されますか?思わぬ伏兵が賜杯をさらうかもしれない「荒れる名古屋場所」、ぜひ多くの力士に注目して優勝の行方をお楽しみください。

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プロフィール

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日本福祉大客員教授、元NHKアナウンサー・相撲ジャーナリスト

1930年、北九州市生まれ。早大卒業後、53年NHK入局。初任地は名古屋局で、自身初の大相撲実況は54年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋場所(当時は準本場所)。

NHK在職中は名古屋、福岡、大阪、東京と大相撲の本場所開催地の放送局に在籍。81年、大関貴ノ花引退の放送で思わず絶句。“泣きの杉山、泣かせの杉山”と異名をとる。相撲以外でも東京、メキシコ五輪をはじめプロ野球など各種のスポーツ実況を担当。

現在は日本福祉大生涯学習センター名誉センター長、客員教授。名古屋・栄の中日文化センター講座「大相撲の魅力を語る」で講師を務める。深い知識と豊富な経験を基に、講座で興味津々の話題を紹介してくれる。

著書に「大相撲この名勝負」「土俵の鬼三代」「兄弟横綱−若貴の心・技・体」「土俵のチンギス・ハーン 白鵬」「土俵の真実」など。最新刊は「土俵一途に 心に残る名力士たち」(中日新聞社発行)。

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