最終回 平成29年名古屋場所総括〜白鵬時代とモンゴル力士たち 2017/7/31

日馬富士(左)を寄り倒しで下し、39度目の優勝を決めた白鵬 =平成29年名古屋場所千秋楽 、愛知県体育館で

4横綱・3大関と豪華な布陣に、折からの相撲ブームで前売りは早々に完売。今年の名古屋場所は、横綱稀勢の里初お目見えや、新大関高安への期待感で例年以上に華々しく開幕しました。しかし始まるやいなや、序盤に横綱鶴竜、横綱稀勢の里、大関照ノ富士、人気の遠藤も休場してしまい、せっかくの盛り上がりが尻すぼみに終わってしまうのでは、と危惧されました。

ところが終わってみれば、連日満員札止め(7,580人)の大盛況。白鵬の大記録への挑戦が最大の功績でしたが、御嶽海、宇良、阿武咲らイキのいい力士たちも、存分に土俵を沸かせてくれました。

白鵬(左)を寄り切りで破る御嶽海 =平成29年名古屋場所11日目、愛知県体育館で

特に御嶽海は、連日目一杯の取組でファンを魅了。11日目には、大記録がかかった全勝の白鵬に堂々と挑んで土をつけ、殊勲の星を挙げました。殊勲賞は当然のこと、技能賞にも値する内容のある取り口で、大いに賞賛したいと思います。9日目の琴奨菊戦の立合い変化、あれだけが残念でした。若手がああいった相撲を取るのは感心しません。これからも御嶽海本来の持ち味である、正々堂々とした真っ直ぐな相撲を磨いて欲しいと思います。

多彩な取り口でファンを魅了する宇良も、盛り上がりに大きく寄与しています。9日目には横綱日馬富士を破り、初顔で金星を挙げ大いに会場を沸かせました。本人としても、この勝利は今後の自信につながると見ます。途中、右膝を痛めたことは残念でしたが、大崩れしなかったのは評価できますし、しっかり治して秋場所に臨んでほしいと思います。7勝止まりで勝ち越すことはできませんでしたが、膝の痛みをこらえながらも千秋楽に千代の国を破った、諦めない姿勢が印象に残っています。

21歳の阿武咲は、正直に攻める取り口がファンの拍手を呼びました。幕内に上がって2場所連続で2桁勝利を上げ、先場所の大勝ちがフロックでなかったことを証明してみせました。

十両でも学生相撲出身の豊山・朝乃山・大奄美が三つ巴の優勝決定戦に進み、大奄美が2者を下して優勝、ファンを沸かせました。朝乃山がリードして千秋楽を迎え、本割で“勝てば優勝”のチャンスに大奄美に負けて決定戦となったのですが、決定戦では往々にして追いかける力士が力を発揮することが多く、私は大奄美有利と読んでいました。

3者とも学生相撲でタイトルを獲った力士で、幕下優勝した中央大出身の矢後とあわせ、後続集団が幅広く台頭してきたことを感じさせます。“数年後の横綱・大関候補が目白押し”の感さえある場所だった事は、極めて喜ばしいことです。

新大関高安が9勝止まりだったのは不本意なことで、秋にはぜひ巻き返してほしいと思っています。稀勢の里はまたもや途中休場を余儀なくされましたが、ケガをきちんと治すことが先決です。責任感の強さ、生真面目さは買いますが、横綱という地位は甘いものではありません。秋場所を全休してでも完治させて、優勝争いに最後まで残るような復活を期待します。

遠藤は千秋楽の翌々日に、ケガの手術に踏み切りました。まだ若いのですから、体調を整えて出直せば遅れることはないと思います。同じく途中休場した鶴竜は、次に出場する場所は背水の陣で挑むしかありません。奮起を期待します。

賜杯の行方については、碧山も最後までよく盛り上げてくれましたが、やはり白鵬でした。白鵬が目標をきちんと定めて臨んだときの強さは、類稀なるものがあります。今場所がまさにそうでした。千代の富士の1045勝、魁皇の1047勝を超えたことによって、優勝回数も39回まで到達しました。双葉山の69連勝を更新するのはもう無理だと思いますが、他のあらゆる記録を塗り替えた事は見事というほかなく、大いに賞賛したいと思います。

しかしあえて、ひとつだけ苦言を呈します。1047勝に並んだ12日目の玉鷲戦で張り手を連発し、あまりにも荒々しく雑な取り口を見せたことです。“何がなんでも勝ちたい”という気持ちはよく分かるのですが、褒められた相撲ではありません。並の横綱ならともかく大大大横綱と言われ、すでに円熟の境地にありながらこのような相撲を取ることは品位にも関わり、せっかくの偉業達成に水を指しかねません。

大ケガを抱えながら最後まで土俵を務めた、日馬富士の事も書きとめておかねばならないでしょう。今場所は逃げる相撲が無く、堂々と正面から向かう姿は立派でした。横綱としての責任をしっかりと果たしたと思います。肘を十分に治して、また元気な相撲を見せてくれることを期待します。


さて、本編に戻って前回の続きをお話しましょう。

大相撲が一気に国際化したことで、楽しみが増えた反面“国技とは何ぞや”という意見がしきりに飛び交うようになりました。

高見山に始まり、小錦、曙、武蔵丸ら、ハワイ勢のパワーあふれる取り口が、相撲の内容そのものを変えてしまったようでした。続いて琴欧州、把瑠都らヨーロッパ勢が土俵を沸かせましたが、何といってもモンゴル勢を抜きにしては語れない相撲界になったと言わざるをえません。

1992年、大相撲史上初のモンゴル出身力士として旭天鵬、旭鷲山、旭天山の3者が入門し、モンゴル勢の道を作りました。その後、テレビの国際放送などを見た朝青龍らが、大挙して日本の大相撲へ入門を目指すようになります。なかでも朝青龍はその筆頭で、名古屋場所においては平成16年から4年連続で優勝を果たし、通算優勝回数も25回を数えるなど、時代を席巻する活躍ぶりだったことは、今も皆さんの記憶に新しいのではないでしょうか。

平成16年名古屋場所千秋楽 朝青龍−魁皇。朝青龍は4場所連続8度目、名古屋では初の優勝を決める=愛知県体育館

外国出身力士隆盛の相撲界において、朝青龍は日本人に近い存在として人気を集めました。肌の色はもとより、身長184センチ・体重150キロの日本人力士とほとんど変わらない体格。また、前述したハワイ勢によるパワー一辺倒の相撲のなかで、大相撲の原点に帰ったかのような朝青龍の取り口が、大いにファンを惹きつけました。

私は当時の「大型の外国出身力士に力負けしないよう、とにかく太らなければ」という風潮や、まるで“相撲”そのものが一変してしまったかのような土俵の様子を危惧していました。そんななか台頭した朝青龍が、土俵狭しと多彩な技を駆使し、投げや足技など派手な勝ち方でファンの溜飲を下げ、大相撲の魅力を取り戻してくれたのです。

朝青龍は、高知明徳義塾高校へ相撲留学し、高砂部屋(当時は若松部屋)へ入門しました。平成11年に初土俵を踏んでからあっという間に番付を上げ、平成15年の初場所後に横綱昇進を決めました。その頃には若貴兄弟や曙、武蔵丸らが相次いで引退し、彼を阻む大きな壁がなかったことも味方しました。しかしただ番付運が良かっただけではなく、過去のビデオを繰り返し見て、先人たちの相撲を学ぶ研究熱心な一面もありました。

一方で、このスピード出世が結果的に朝青龍の力士としての寿命を縮めてしまった感もあります。早すぎる昇進とライバル不在の状況で朝青龍は天狗になり、わがままな言動が目立つようになりました。この点は、師匠の甘さもありました。高砂親方(元朝潮)は好人物ですが、朝青龍に対しては「本人の自主性に任せる」と、厳しく指導しなかったのです。

白鵬(左)を寄り切りで下し優勝を決め、歓喜の表情を見せる朝青龍=平成19年名古屋場所千秋楽、愛知県体育館で

そうこうするうち、世間を残念なニュースが賑わせました。平成19年の名古屋場所で、朝青龍が21回目の優勝を果たした直後のことです。腰と肘のケガで診断書を出し、早々に夏巡業の休場を決めた朝青龍が、モンゴルへ無断帰国し、サッカーに興じていたのです。

3場所ぶりの優勝でファンを喜ばせた直後の出来事で、名古屋場所での評価が霞んでしまいました。その後も4度優勝しましたが、平成22年初場所の優勝を最後に、場所中に土俵外で起こした騒動と、過去の不祥事の責任を取る形で引退しました。

彼に対しては悪い印象が残りがちですが、一方で、若貴引退後一気に人気が下降した相撲界を、その強さと明るいキャラクターで盛り上げ、支えていたのも朝青龍です。今は白鵬抜きにして土俵を語ることはできませんが、白鵬が成長し横綱となるまでの間、一人奮闘した朝青龍に相撲界が救われていたことは間違いありません。横綱としての強さは申し分なかっただけに、自らを律してくれていたらと、今でも残念に思うのです。

さて、朝青龍から第一人者としてのバトンを託され、現在10年以上、横綱として大相撲を牽引している白鵬です。

琴欧洲(手前)を上手投げで下す白鵬。名古屋では初優勝=平成20年名古屋場所千秋楽、愛知県体育館で

白鵬は2000年にモンゴルから来日し、朝青龍を目標に技を磨き、横綱にのぼりつめました。朝青龍の背中を追いかけていた事は確かですが、一方、反面教師としていたところもあります。横綱として強さを求める一方で、とりわけ白鵬が、大相撲の“心・技・体”の“心”を学び続けてきたことは、特筆されるべき点です。横綱になって11年目を迎えようとしている今、あらゆる記録を更新し続けている影には、この“心”の部分を追求する白鵬の、並々ならぬ努力があるのです。

大相撲には「礼に始まり礼に終わり、常に謙虚に過ごすべし。勝者は敗者の胸中を察して過ごすべし」という抑制の美があり、それこそが伝承文化と言われるゆえんです。私は何度も白鵬と個人的に話していますが、彼がそれを日夜心において過ごしているということを、会う度に感じるのです。

平成22年、白鵬が相撲界の神様的存在として語り継がれているかつての大横綱・双葉山の連勝記録“69”に挑み、惜しくも64勝目で稀勢の里に破れたこと、63連勝の史上2位記録を持っていることは、ご存じの方も多いと思います。

この頃私は、かつて双葉山が70連勝ならずで語った「未だ木鶏たり得ず」という言葉について、白鵬に解説を請われて“荘子”の一説を噛み砕いたものを書いて渡したことがあります。白鵬は、双葉山の人物像を力士としての鑑ととらえ、記録に挑むと同時に、木鶏に例えられる“泰然自若”の境地をも目指していたのです。

余談ですが、横綱土俵入りで蹲居して柏手を打つ際、白鵬の足は他の横綱と違って俵の上にありますから、ぜひ注意して見てみてください。平らな土俵上と比べて明らかにバランスが取りにくい俵の上で蹲居するのは、実は双葉山と同じやり方です。白鵬と双葉山は土俵入りの型は異なるのですが、細かい所作からもその精神性を受け継ぎたいという気持ちの現れで、いかに双葉山に心酔しているかがうかがえます。

名古屋場所では今年も含めて7度の優勝を誇る白鵬ですが、私の中で一番印象深いのは平成22年の名古屋場所です。野球賭博問題や暴力団とのつながりが連日報道され、懸賞や来場者が激減、天皇賜杯もNHKの生中継もなかった、あの場所です。

村山弘義理事長代行(右)から表彰状を受け取る白鵬=平成22年名古屋場所千秋楽、愛知県体育館で

場所中は、日本相撲協会の外部理事だった村山弘義氏(元東京高検検事長)が理事長代行を努めていました。協会挨拶では、相撲の神に頭を垂れ、一連の不祥事をファンに謝罪し、角界の再生を誓った村山氏の横で、白鵬も共通の思いでいたのに違いありません。

この時期、白鵬は前述した63連勝のさなかにありました。場所中にも様々な問題が噴出し、大相撲の存在そのものを揺るがしかねない状況でしたが、大鵬の連勝記録“45”を超えるなど、横綱の責任を果たしました。

しかし、記録更新も優勝も、テレビの生中継がなかったために、その瞬間を共有できたのは会場につめかけた観客だけでした。表彰式では、ファンの声援が心の支えだったと涙を浮かべ、賜杯を抱けない複雑な胸中を明かしました。

この最悪の事態を“最後の再生の機会”と捉え、白鵬以下力士たちが謙虚に国技のあるべき姿を見つめ直し、「土俵の充実」を目指して精進しました。その後、遠藤を始めとした20代の人気力士の登場や、若い親方の意見で今までにないファンサービスも行われ、さらに稀勢の里の横綱昇進で、ご存知のように今、大相撲はかつてない人気を得ています。

不祥事をきっかけに協会が体制を一新し、白鵬を先頭に力士たちが努力したからこそ、大相撲のあるべき姿に生まれ変わることができた、ということです。しかし今後への期待と応援を込めて、あえて最後に厳しい言葉を申し上げたいと思います。

「満月はいつまでも続かないんだよ」

これは、かつて若貴フィーバーに沸いた頃、土俵の鬼・初代若乃花の二子山理事長が語った言葉です。


(おわり)

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プロフィール

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日本福祉大客員教授、元NHKアナウンサー・相撲ジャーナリスト

1930年、北九州市生まれ。早大卒業後、53年NHK入局。初任地は名古屋局で、自身初の大相撲実況は54年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋場所(当時は準本場所)。

NHK在職中は名古屋、福岡、大阪、東京と大相撲の本場所開催地の放送局に在籍。81年、大関貴ノ花引退の放送で思わず絶句。“泣きの杉山、泣かせの杉山”と異名をとる。相撲以外でも東京、メキシコ五輪をはじめプロ野球など各種のスポーツ実況を担当。

現在は日本福祉大生涯学習センター名誉センター長、客員教授。名古屋・栄の中日文化センター講座「大相撲の魅力を語る」で講師を務める。深い知識と豊富な経験を基に、講座で興味津々の話題を紹介してくれる。

著書に「大相撲この名勝負」「土俵の鬼三代」「兄弟横綱−若貴の心・技・体」「土俵のチンギス・ハーン 白鵬」「土俵の真実」など。最新刊は「土俵一途に 心に残る名力士たち」(中日新聞社発行)。

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