不思議なご縁の話、ある韓国人との出会い〜その2〜【後編】 2018/5/5

前回記事 不思議なご縁の話、ある韓国人との出会い〜その2〜【中編】

2016年3月30日(木)から4月5日(火)まで「5泊6日」で一時帰国していました。ソウルではなく、慶尚北道(県)の「안동(アンドン)安東」(市)辺りにて所用があり、朝6時に家を出て9時の飛行機でセントレアを立ち、その日の夜頃最終目的地の宿所に着きました。

旅程がいつもよりはちょっぴり長かった為か、用事を済ませてから少し自由な時間が取れました。「朴」の地方滞在期間中は、いつも付き添ってくれるご夫婦がいます。韓国は夫婦別姓なので「(夫)李さん、(婦)金さん」です。

李さん:いつもトンボ帰りだけれど「하회마을(ハフェマウル)河回村」観光でも如何でしょうか。

朴:まだ、川の水も細く、緑も少なく、花もあまり咲いてない時期なので行くとしたら景色が一番きれいな時期に行きたいですね。

と、答えると「李さん」は一人で先に帰宅。その後、同席してた「Bさん」が、

≪どこか、ご案内しますからご遠慮なさらず≫

朴:この近くに「艸丁先生」の「書芸(書道)研究院」があるそうですね。ネットで見たんですが、「艸丁先生」が提供した土地に、地域の公費で建てられた立派な建物でしたけど。

すると、同席していた塾経営者である「Aさん」が、

≪建物を見物したいのですか。≫

朴:いーえ、「艸丁先生」に会いたいですわ。

Aさん:お知り合いですか。

朴:(微妙な表情で)ウ〜〜ム、知り合いと言っていいかしら〜

Aさん:詳しい人にちょっと訊いてみますね。

と言ってあちこち電話をかける。

Aさん:いつもなら、金曜の夜ソウルから書芸研究院に来られて月曜の朝ソウルに帰られるそうですが、偶々今回は明日(火)の朝帰られる予定で、まだ研究院にいらっしゃるそうですよ。ラッキーですね!!

という事で「金さん+Aさん+朴」は「Bさん」の運転で書芸研究院へ。

2009年6月、慶尚北道・醴泉郡・龍門面に開館した「艸丁・書芸研究院」 敷地内の風景と本館。 写真出典:国内旅行(1438)

(一階のエントランスの右側にある事務所にで)

女性:「艸丁先生」は在室ですが、この3日間来客が多過ぎた上に現在も接客中で、今日はとても疲れているので後日改めてお越し下さいませ。

朴:遠くから来てるので後日は来られないですよ〜。

女性:(かなり困った表情で)どちら様でしょうか?

朴:(「朴美姫」と名乗ったって誰も知りゃしない!!ウ〜ム、どーしようかなぁ〜)

朴:(あのう〜、日本の安倍の・・・・・・これは違うね。実は〜、アメリカのトランプの・・・・・・これでもないし。やっぱり世界的に通用する旦那、持つべきだわ。)

朴:実は、「★日本★」から来た者ですが、何とか・・・・・・(マジで惨めになっちゃう!)

女性:(内線電話で)日本から来られた女性の方が今日じゃないとダメだと・・・・・・

それから1,2分後、二階から下りてきた中年の男性にまた同じことを訊かれた「朴」は、

≪乞わないと合わせて貰えないわけ?????≫

と、突然込みあげる怒りを何とかコントロールして又、

≪あのう〜、「日本」から来てるので何とか・・・・・・≫

どうも、「日本から」という言葉に反応した模様で中年の男性は嫌々「朴ら」を二階の「艸丁先生」の居場所まで案内してくれたけど「先客」が二組10名ほどは居る。

「朴」は、ネットで「艸丁先生」の最近の顔画像を見てたので、すぐに「艸丁先生」が分かったけど「艸丁先生」は、「朴」が分からないような表情。

朴:お久しぶりでございます。昔、国会に勤めていた「朴美姫」ですが・・・・・・

艸丁先生:(突然の事なのに年数、ほぼ間違えず)わ〜〜30年前の!!

と叫び、2組の先客に向かって

≪こちらは、僕の「★旧友★」です!≫

と、「朴」の事を紹介。すると、空気を読んだ2組の先客は別の部屋へ移動。

「艸丁先生」は「朴ら」を案内してくれた男性に「本」+「名刺」を持ってきてもらい、

≪今日は4月4日、中国では「清明節(お墓参りの日)」なのでめでたい日。≫

と言い、「本」に親筆でサインを入れ、本に載っている作品の解説を一々した後、「本」+「名刺」を「朴」に渡す。

「朴ら」が帰る際には、エレベターまで見送りにきて「朴」が、エレベターに乗ろうとするや「艸丁先生」が、手を差し出し握手を求める。研究院の関係者や「朴」の同行の人達が見守る中、「艸丁先生」と「朴」は握手を。(二人の身体接触はこれが初めて。(^_−)ウィンク)

朴の宿所である「李さん、金さん」夫婦の家に帰ってきて「金さん」が「(夫)李さん」に「艸丁先生」に会ってきた事を自慢気に話すと、

≪俺は、書芸研究院は頭に浮かばなかったからなあ〜。あの方、地域の公式行事に招かれ出席する事はあるけど、個人的には滅多に会えない人なのに!!≫

と、首を傾げる。

韓国のお正月用の「切り餅」 写真出典:ザ・アート

話、チョイ逸れるけど〜「朴」が小学校4年生だった頃、国語教科書に「韓石峰とそのお母さん」の話が載ってた。それは、朝鮮半島を代表する「書道の大家」と餅売りの仕事をする厳しい「教育ママ」にまつわる有名な逸話。

「韓石峰とそのお母さん」(抜粋和訳です。)

【「한석봉(ハンソクポン)韓石峰」(1543-1605年)朝鮮時代の書家。本名は「韓濩」、「石峰」は雅号。

(パパのいない母子家庭だったかなあ〜)彼の生家は極貧でママは毎朝早く、夜通し切った餅売りをしてやっと暮らしを立てていた。ママは、わずかばかりの蓄えをこしらえ、小さい時から習字に熱心な息子を深い山のお寺の師匠さんに手習いに行かせる。「★10年間★」書道に励み、芸を磨いて名を上げるようにと。

毎日部屋に閉じこもって字を習うのは容易いことではない。でも、彼は手習いに励み、日増しに上達していく。一方、ママは息子を立派な書家に育てようと餅を切る仕事に精出す。

そんなある日、お寺参りに来た「両班(知識人)」が彼の字を見て「大した名筆じゃ」と褒める。師匠も「世に出して誰にも負けないほど上手になった」と喜ぶ。石峰はお寺に籠もり、一心に勉強したお蔭で「★7年★」で寺を出て家に帰ることができた。

ママは「10年目標だったのに〜」と、帰ってきた息子を不審に思い、夜、部屋の灯りを消したところで「(母)餅切り」×「(子)字書き」どちらが上手か、腕比べをすることに。

「母」はコトコトと餅を切り、「子」はサラサラと字を書く。灯りを点けて木鉢の切り餅と巻紙の字を比べてみると「切り餅」は、スライサーで切ったかのように厚みが均一できちっと並んでるが、「字」は歪んだものや不ぞろいなものあり。

石峰は恥じて、再び寺に戻り修業し直す。彼の腕はメキメキと上がっていくが、お寺参りに来た人々が彼の字に舌を巻いても心を動かされず、さらに3年修業し、遂には、朝鮮半島の優れた書家として世に広く知られ、今日まで称えられている。】

韓国発情報によると、日本から独立した1945年に、韓国独自で作られた小学生向けの教科書が初めて発行されるが、この時から今日まで「韓石峰とそのお母さん」の話は一度も欠かすことなく、教科書に載っていると。なので、韓国では殆どの人が「韓石峰=名筆」であることを知ってる。

「艸丁」先生の「書」で作った「雲峴宮」の懸板。雲峴宮は、ソウル鍾路区に位置する朝鮮時代の宮殿。「懸板(掛け板)」とは、宮殿などに掛けるその建物の名札みたいなものだよ〜ん。 写真出典:国内芸術(651)

「日本」の書道史上の能書のうちで最も優れた三人(★三筆★)は、平安時代初期の空海・嵯峨天皇・橘逸勢と言われており、「中国」を代表する書の名家は、後漢の張芝・魏の鍾繇・東晋の王義之だとか。

「本名:권창륜(クォンチャンニュン)權昌倫」「 雅号:艸丁」先生は、1977年に(韓国の)「国展」書道部門最高賞であった「国務総理(首相)賞」を受賞し、後に国展書道部門「審査委員長」を歴任した。そして、(中国の」北京大学(校)書法芸術研究所(大学院)「招聘ヘ授」及び、(中国)杭州の「書・画・篆刻」研究団体である「西泠印社(せいれいいんしゃ)」の「名誉理事」を務めている。

因みに、日本では「西泠印社」の会員になるだけで「1週間(?)」の宴会を開くと聞いたけど〜これ、本当?それほど名誉な事だという喩えだよね??

韓国のある書道評論家は、

≪「書」に限って言えば、中国の「王義之」と韓国の「艸丁」は肩を並べられる。しかし、「艸丁」は「書」だけではなく、「画」にも優れている上に、「篆刻」※)にも長ける「マルチ芸術家」なので「王義之」を超える存在であろう。≫

と、「艸丁先生」を絶賛する。
従って、『朝鮮半島の歴史』の「現代編」〜韓国の文化芸術の章〜に、朝鮮半島を代表する書家「韓石峰」の如く、いえいえ、「韓石峰」を超えるアーティストとして刻まれる可能性は極めて高いかも。

※)「篆刻(てんこく)」とは、主に篆書を印文に彫ることを言う。「書+彫刻」が結合した工芸美術の性格あり。尚、「玉璽(ぎょくじ)」とは、皇帝の用いる「璽(印章)」のことを指すが、朝鮮時代には「王」、現代に入っては「大統領」が用いる。「艸丁先生」は大韓民国(韓国)の「玉璽(ぎょくじ)」も作った。

「艸丁先生」にとって少し顔見知り程度の人は溢れるほどいるはず。面識はあるような気がする人に過ぎない「朴」に対して「★旧友★」だって!!この言葉とても素敵〜〜。「艸丁先生」に思いがけず歓待され、「朴」の同行人達に恥をかく事なく、面子は立ったけれど本当に、「朴」は「艸丁先生」にとって「旧友」なの??

「朴」は書道のことには門外漢。なので「艸丁先生」の作品にはコメントできない。いやいや、実を言えば、胸を張れる得意分野は何一つない「朴」。だけど、現代韓国書道最高の巨匠と言われる人なのに傲慢ではなく、思いやりの心を持ち謙虚な生き方をしているその「お人柄」の素晴らしさだけにはしみじみと感じられましたよ〜。 (*^-^)ニコ

さて、「艸丁先生」から貰った本は、2014年12月に慶尚北道の「대구(テグ)大邱」市の大邱ギャラリで催された『展覧会図録』。表紙には、「国外に所在する我が文化財を環収する基金を造成する為の艸丁、權昌倫書芸特別招待展」「主管、社団法人我が文化財探し運動本部」と印刷されていた。

『展覧会図録』の表紙を巡ると、

≪朴美姫 女史 恵存 
2016年「清明節」
艸丁 權昌倫 贈呈≫

と、書いてあり。

もう1枚巡ると左のページには、社団法人我が文化財探し運動本部長の「ご挨拶」、その右のページには、「慶尚北道(県)」の「道(県)の知事」からの「激励の言葉」が書いてある。

「ご挨拶」+「激励の言葉」より要点のみ抜粋翻訳します。

【国外に搬出された我が文化財は現在確認されたものだけで15万6千余点。「日本」と「アメリカ」に10万余点、その他20余カ国に散らばっている。今後もより多くの我が文化財が外国で発見されると思われる。これらの殆どはいつ、誰によってどのような経路で海外に渡ったのかは明らかでない。

我が文化財探し運動本部では、「日本」と「アメリカ」にある文化財を探して図録にして出版した。そして、日本の植民地時代に「慶尚北道」地域の文化財がどのように毀損され、日本に流出されたのか、生々しい証言などを集めた『忘れられぬあの時』&『大邱+慶尚北道地域の文化財受難と搬出史』を出版した。

「大韓民国美術大展(国展)」審査委員長を歴任し、現在は国際書法芸術連合韓国本部理事長を務める韓国を代表する書道の大家「艸丁先生」が我が文化財を環収する基金を造成する為の特別展示会に貴重な作品を喜んで寄贈して下さったことに感謝する。

「艸丁、權昌倫書道特別招待展」は、奪わられたのと同様な方法で外国へ流出された我が大切な文化財が再び故国へ戻ってこられる特別な展示会になることを確信する。】

1330年に朝鮮半島の「浮石寺」で制作された「金銅観音菩薩坐像」。 写真出典:韓国文化財庁

そういえば、2012年に日本の「観音寺」から盗まれた「金銅観音菩薩坐像」。2013年にその窃盗団が韓国で逮捕されることにより、この像は韓国政府に押収された事件、その後どうなってるの??

仏像の中から見つかった結縁文からこの「金銅観音菩薩坐像」は、1330年に朝鮮半島の忠清南道「瑞山」に位置する「浮石寺」で制作され、主尊佛として「浮石寺」に安置されていたことが判明した。

だが、どーゆー訳か、対馬の「観音寺」がこの仏像を保有しており、長崎県の指定有形文化材となっている。韓国の窃盗団がこれを盗み出し、韓国に持ち込んだ事により、文化材を巡る「韓・日」外交問題に発展。

韓国の「浮石寺」側は、

≪1352〜1381年に、お寺のある中部地域に5回に及ぶ日本の「倭寇」襲来の記録があり、この「金銅観音菩薩坐像」は倭寇に略奪されたものである。尚、日本に略奪されたり、不法流出したりした文化財は「★7万点以上★」に達する。≫

と主張し、「浮石寺」への返還を求めていた。
一方、日本の「観音寺」側は、

≪近世の朝鮮半島との交流で多くの仏像や文書がもたらされたうちの一つだ≫

として「観音寺」への返還を求めていた。

2017年1月に韓国の「大田」地裁は、

≪贈与や売買など正常な方法でない盗難や略奪などの方法で、日本に移され安置されていたとみるのが相当だ≫

と、「浮石寺」側の主張を認め、日本への返還を差し止め、「浮石寺」に返還するようにと判決した。

但し、この窃盗団が対馬の「海神神社」から盗み出し、「金同観音菩薩坐像」と一緒に韓国に持ち込んだ、「銅造如来立像仏像」(朝鮮半島で8世紀頃制作された)に関しては、韓国内で所有権を名乗り出たお寺や団体がなかったことから2015年に、仏像を保有していた「海神神社」に返還した。

との事。

それより、「艸丁先生」の「チャリティー(charity)書芸展」で得られた全てのお金はアートの為に還元すると。不法に流出された自国の文化財、高いお金払って取り返さないといけないわけ?????理不尽な事多過ぎて世の中嫌になっちゃうわ〜〜Y(>_<、)Y

優しかった隣人が豹変するご近所トラブル多いでしょー?隣家の庭木が境界を越え来た!上階の騒音、どうどう我慢の限界!!等々で。

隣国である「朝鮮半島」と「日本列島」、ソロモンの知恵でも解決できないトラブル山積みですね!!

(続 く)

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韓国ソウル出身。韓国国会事務局退職後、1988年来日。大学で高等学校教諭1種免許(国語)取得。大学院で日本文化専攻。

名古屋市の官公庁などの翻訳・通訳人として活躍後、大学や名古屋市内の生涯学習センターなどで「コリア文化」に関する講座を担当。

現在は愛知大学、中京大学、中日文化センター、愛知大学オープンカレッジなどで韓国語講師をつとめる。

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