特集・連載 考える広場

もうすぐ開幕、五輪の“ここ”に注目 

2016/7/30 紙面から

コラージュ・安藤邦子

 リオデジャネイロ五輪がもうすぐ開幕する。日本選手の応援もいいが、五輪のさまざまな面に目を向ければ、より楽しめるかも。アスリート、専門ライター、スポーツ用品メーカーの技術者−五輪に関わってきた三人が語るそれぞれの五輪の風景とは。

◆非日常と日常、一つに アテネ五輪金メダリスト・野口みずきさん

 五輪に出場する選手はそれぞれ、あの独特の雰囲気の中で忘れられない風景を見るのです。そんな風景を皆さんにも感じてほしいと思います。

 なぜ五輪を目指すのか。世界のトップが集まる最高の大会だからですが、やはり四年に一度というのが美しい。四年は長いか、短いか? 私にとって、順調にいったアテネ大会(二〇〇四年)までの四年はとても短く、良くなかった大会の前の四年は長く感じました。いずれにせよ、重みのある大会です。

 私にとってアテネが唯一体験した五輪。やっぱり、ほかの大会と全然違いました。五輪発祥の地で、パルテノン神殿などが間近で見られたので、余計にそう感じたのかもしれませんが、特別な雰囲気がありました。

 そうはいってもレース自体は一つの通過点として、今までと変わりなく挑めた。だから、何か複雑な、いろんな気持ちがない交ぜになった感じでしたね。非日常と日常が一つになっているような。特別なのに、いや特別な雰囲気だからこそ、自然体でいられたというか。

 私が見た風景は、色でいうとオレンジ。アテネの女子マラソンは夕方のスタートでした。日が落ちるのが遅いため、日差しが強く気温は三五度もありました。時間がたつにつれ少しずつ日が傾き、レース後半は夕焼けが空を染めたのです。オレンジ色の空気の中、ずっときつい坂が続くコースを一生懸命走っているという景色は、十二年たった今も目に焼き付いています。

 アテネでの感覚が宝物のような感じだったので北京での連覇を目指したのですが、逆にそれで欲を出して失敗してしまった。必死に「これは一つの通過点にすぎない」と思おうとして、逆に意識してしまった。シンプルに「一番になりたい」と思えば良かったのに。

 〇八年の北京五輪前後から相次いだ左脚の故障がきっかけで引退に追い込まれました。でも、その故障がなくても体自体、限界だったと思います。走り尽くしたというか。それなのにリオを目指した。ばかみたいですよね。でも、やっぱり最後は五輪で終わりたかった。格好良く終わりたかった。結局、格好悪い終わり方になりましたが、それもまた私らしかったかな。実業団チームに入り、足が壊れるまで走るという初志を貫くことができ、幸せな陸上人生でした。

 (聞き手・大森雅弥)

 <のぐち・みずき> 1978年、三重県出身。2003年のパリ世界陸上で銀メダル、04年のアテネ五輪で金メダル。05年のベルリン・マラソンで出した2時間19分12秒は現在も日本最高記録。

◆選手通し見える国柄 スポーツライター・藤島大さん

 五輪といえば、忘れられない光景があります。昔、どの大会かも覚えていないんですが、テレビで陸上競技を映していた。海外の名もない選手の出走順が近づき、トラックスーツをさっと脱ぐと、観客席からさざ波のように拍手がわき起こった。その光景を見て、子ども心に「いいものだな」と思いました。

 私はスポーツの魅力というのは、限られた時間と空間に喜怒哀楽が凝縮する点にあると思っています。その喜怒哀楽の感情とともに世界を知ることが、五輪の醍醐味(だいごみ)でもある。

 先日、戦前の五輪報道を研究した学術書を読みました。戦争が近づくにつれ、新聞では日本を「わが国」と呼ぶ傾向が強まり、外国の選手を紹介するスペースが小さくなっていったそうです。今の状況と少し似ているなと思いました。もちろん自国の選手を応援するのはまったく自然な感情です。私もロンドン五輪では、ボクシングの村田諒太(りょうた)選手の金メダルに歓喜しました。それにしても、最近はニッポン、ニッポンと自国の選手ばかりを報道し、応援する傾向が強まっている気がします。

 六月に亡くなったムハマド・アリには、一九六〇年のローマ五輪で金メダルを取った後、故郷のレストランで人種差別を受け、川にメダルを投げ捨てたという伝説が残っています。事実ではないようですが、やはり当時のアリは米社会の体制側と相いれないところがあった。その彼が九六年のアトランタ五輪では開会式の聖火台に立ち、大歓声を浴びました。アリは変わらなかったけど、体制は変わったんです。私は、このことがオリンピアンと国との関係を端的に表していると思う。スポーツの方が国よりも大きいんです。

 今大会でぜひ見てほしい競技は、初めて採用された七人制ラグビーです。原則七分ハーフで、短い時間に次から次へといろんな国が出てくる。ルールは十五人制と大差ないですが、フィールドが同じなのでスペースがたくさんでき、個人技が発揮される。きっと世界中で人気が出ると思います。

 あと、私は開会式で各国の入場行進を眺めるのが好きなんです。いい選手団というのは旗手の周りを見れば分かる。選手が前に出て、役員は控えめに行進しています。逆に、役員がやけに目立つ国もある。日本はどちらか、注目してみてください。

 (聞き手・樋口薫)

 <ふじしま・だい> 1961年、東京都生まれ。スポーツ紙記者を経てフリーに。都立国立高や早稲田大のラグビー部でコーチも務めた。著書に『知と熱』『人類のためだ。』など。

◆純木製の卓球台を開発 卓球台メーカー執行役員・吉沢今朝男さん

 infinity(無限)という名の卓球台をリオに送り出します。五輪は一九九二年のバルセロナ大会以来二回目。今度のは、ほぼ100%木製です。五年がかりで開発したスタイリッシュな自信作です。

 これまでは鉄や樹脂を使っていた下部の脚の部分に、今回初めてブナの木を用いました。木材で「和のテイスト」を感じさせたかった。それと、開発を始めた翌年の二〇一一年に東日本大震災が起き、何とか復興につなげられないかと考え、岩手県宮古市のブナを使うことにしました。曲げとか強度とかで、ブナは卓球台の素材として適していそうだったのです。

 しかし、いくら良いデザインでも、競技に支障があってはいけません。デザインと競技台としての両立をどうまとめるかに腐心しました。

 まず、台を安定させないといけない。鋼材とか樹脂なら剛性が出る。木では、柔らかかったり、時間がたつと曲がったり、いろんな変化を伴いがちです。天板の上に力が加わると、木だと振動しがち。そうならないように、薄く切ったブナの木を六十層も八十層もバウムクーヘンのように重ね、一枚一枚に接着剤を塗って型を当て、曲げていくなどして仕上げていく。卓球台では初めての形状でした。

 選手にこの台で練習してもらい、五輪へ行く水谷隼選手(ビーコン・ラボ)らから「良い卓球台ですね」と言ってもらえました。ほかのトップ選手らからも「球の弾みが安定している」「コントロールがよく利く」「どこに落ちても一定のバウンドをしてくれる」と評価してもらえました。

 天板は「レジュブルー」という色です。フランス語で「青い瞳」という意味。ブラジルの大自然を想像させ、東北の復興も意識しました。かつて、暗い緑色の卓球台でモサモサと試合をしていた。それをタレントのタモリさんに「卓球は根暗」とやゆされ、少子化もあって競技人口が減った時期もありました。ウエアも地味でしたし。なので、天板の色をテレビ映りも考えてイメージアップさせました。

 今度の台を漢字一文字で表せば、「糧(かて)」でしょうか。日本人選手の糧、東北復興の糧、そして日本人の先輩が移民して開拓した国ブラジルの糧にもなってほしいと思います。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <よしざわ・けさお> 1968年、長野県生まれ。89年、卓球台・遊具製造の三英入社。卓球台の設計・開発に当たる。現在は同社執行役員TTF(テーブル・テニス・ファクトリー)工場長。

 <リオデジャネイロ五輪> ブラジル・リオデジャネイロを主会場に、8月5〜21日の17日間開かれる夏季五輪。28競技、306種目が行われる。日本からは男子171人、女子164人の計335人(今月25日現在)の選手が参加する。日本オリンピック委員会(JOC)は金メダル14個の獲得を目標に掲げる。米国のデータ専門会社が今月発表したメダル予測でも、日本は体操4個など14個の金メダルが期待される。

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