特集・連載 考える広場

ケータイ30年 道具を超えて? 

2017/4/15 紙面から

 NTTが携帯電話のサービスを開始してから今月で三十年。通話のツール(道具)から、情報端末として暮らしに欠かせない物にまで成長した。携帯は私たちをどう変えたのか。どう向き合うべきなのか。

◆情報に流される怖さ 作家・田中慎弥さん

 なぜ携帯電話を持たないのか。よく聞かれますが、持たないのではなく、持っていないだけだとしか答えようがありません。一度、プリペイド式の携帯を出版社から一日二日持たされたときがあったんですが、胸ポケットに入れていて、いつか鳴るんじゃないかと気になって煩わしいなと思ったんです。持たない方がいいというのはそのときに何となく思いました。家にあるファクス付きの固定電話で仕事も何とかなっていますし。

 携帯を使うにしても、本は読んだ方がいい。メールだとかSNS、LINEって、非常に短いセンテンスでコミュニケーションしなければいけないわけですよね。でも、言葉は省略なんです。いきなりトルストイを読めとは言いませんが、短い言葉を養うためには長いセンテンスを吸収する必要がある。最初から短いセンテンスで言葉が成立するということは、ないんじゃないか。ケンカするにしても相応の言葉があって、知らずにケンカするのは危険なわけです。

 読書離れこそ携帯のせいだという議論がありますが、私は違うと思っています。中高生が本を読まないとすれば理由は一つで、周りの大人が読んでいないから。その頂点が政治家で、どう考えても本を読んでいない。彼らは言葉を全然知りません。

 携帯には別の怖さを感じます。私がそんなものを持った日には、ものを考えなくなる気がする。スマホってぱっと触れただけでどんどん画面が変わる。変な言い方ですが、体を使って何かをもぎ取るっていう感覚がないまま、どんどん目の前で情報が更新されていく。「自分が欲しい情報はこれなんだ」と、よほど自覚していかないと情報に流されてしまう気がする。知らず知らず、誰かにコントロールされてしまう危険すら感じます。

 携帯はものすごく頭がいい人でないと、本当は使いこなせない道具なんじゃないかと思うんです。そうは言っても現代社会では不可欠なツールになっている。頭の隅でオフにする時間を持っておくべきなんでしょう。

 人間って、しょせんは骨があって肉があって血が流れているだけで、無機質な携帯端末とは相いれません。オフの状態が普通で、こっちが道具として使っているんだという自覚があれば携帯の奴隷になることはないと思います。まあそんな自覚、皆さんはお持ちなんだと思いますが。

 (聞き手・小佐野慧太)

 <たなか・しんや> 1972年、山口県生まれ。2005年に『冷たい水の羊』でデビュー。12年、『共喰い』で芥川賞。近著に『美しい国への旅』(集英社)、『孤独論』(徳間書店)など。

◆短所も理解し活用を NPO法人CANVAS理事長・石戸奈々子さん

 携帯電話は社会を便利で豊かにしたと言えるでしょう。特にスマホが普及し始めた二〇一〇年以降、生活に入り込んできました。買い物や健康管理などが手のひらの上でできます。世界中の情報に安価に触れられて簡単に発信もできます。スマホの先がもう世界という感覚です。

 私は一〇年の長男出産を機に徹底的にクラウド化しました。書類をデータ化してネット上に保存する方法で、どこでも見られます。祖父母へ子どもの写真や動画を送ったり、子どもが寝てから国内外の友人らと交流したり。夫が海外赴任していたこともありスマホは必需品です。

 スマホが子守の役割を担うことへの批判もありますよね。公共の場や手が離せないときは一時的に動画などを見せておく親もいます。けれど、無制限に与えるのが良いなんて思っている人はいないでしょう。親子の触れ合いや外で体を動かすことの大切さは言わずもがなです。

 私は端末で楽しむ「デジタルえほん」の開発もしています。心掛けているのは親子コミュニケーションや創造・表現のツールとして使い、親子で使用ルールを決めることと、ほかの遊びや学びとバランスを取ることです。デジタル機器はツールにすぎません。大学ではロボット工学を専攻していましたが、技術は人間の欲求をかなえ、生活を拡張するためにあるものです。

 子どもに持たせる場合、トラブルに巻き込まれることやのめり込みすぎることなどを保護者は心配します。インターネットを使いこなす中高校生どころか、今や小さな子もデジタル技術を駆使し世界で活躍する時代です。小学校一年生の息子もタブレット端末でいつの間にかひらがなや世界のあいさつを覚えていました。外遊びの方が好きなようですが。

 私自身は中学生の頃にポケベル、高校でPHS、大学でドコモのiモードという進化を目の当たりにしてきた世代です。ケータイ小説や絵文字、ギャル文字など、日本の若者は世界に先駆けて文化をつくってきました。同時に、ネット上で非難が殺到する炎上などの問題も起きています。

 子どもに携帯電話を持たせるのが良いか悪いかという議論の段階は終わったようです。何かの代替ではなく生活に加わったものとして、デメリットを理解して活用していけばいいと思います。

 (聞き手・白井春菜)

 <いしど・ななこ> 1979年、東京都生まれ。東京大卒。米マサチューセッツ工科大客員研究員を経て、2002年に子ども向け創造・表現体験行事を催す「CANVAS」設立。慶応大准教授。

◆人間関係の分断招く 社会学者、筑波大教授・土井隆義さん

 携帯電話が登場した当初は持つのを嫌がる人が少なくなかった。それに縛られ、監視されることを警戒したからです。今の若い人は逆。仲間から見てもらえないかもという不安を抱えており、携帯を承認のツールとして歓迎しました。

 こうした携帯の受容は日本に特徴的な現象といわれていました。例えばメールの使い方です。日本では互いのつながりを確認するために小まめにメールしますが、欧米では必要なときに用件を伝えるだけでした。

 これは人が根本的に求める自己承認と関係しています。欧米人は神の承認を求めるため、ほかの人間の視線をさほど強く意識しない。加えて、米国なら人種、欧州なら階級という形で異質な他者が存在した。つまり、社会がフラット(平面)ではなかった。ところが日本は、絶対の神もいないし、人種や階級も強くない。社会がフラットな分、人間関係が重要なのです。

 しかし最近は、欧米も日本化し、若者はつながりを確認するためにネットを使うようです。グローバリズムの影響で社会が流動化し、絶対的な価値が揺らいでいるからでしょう。相互承認の高まりはまさにポストモダン(近代後)の現象なのです。

 モダンでは〇〇からの解放や自由を求めました。その軸は明確で、人により価値観が大きくすれ違うこともなかった。一方、ポストモダンは解放後の世界。価値観は千差万別となり「本当に自分はこれでいいの?」と不安が募るようになった。普遍的な価値、すなわち抽象的な他者に承認してもらえなくなったため、具体的な他者に承認してもらうしかなくなったのです。

 価値観は多様化したのに、人は今、価値観が同じで「いいね!」を共有できる人だけでつながろうとする傾向を強めています。その方が安心して承認を受けられるからです。情報を自由に取捨選択できる携帯やネットもこの傾向を加速させている。人間関係を広く開いていくはずだったツールが、皮肉にもその分断化を招いているのです。

 この問題は携帯やネットを規制しても解決しません。使う側の心性の問題だからです。対策として、私たちが価値観の違う他者から必要とされ、自己有用感を持てる仕組みが必要だと思います。若者対策としては、まず親たち自身が異質な他者に対して関係を開いていく姿勢が大切ではないでしょうか。

 (聞き手・大森雅弥)

 <どい・たかよし> 1960年、山口県生まれ。著書に『つながりを煽(あお)られる子どもたち』『若者の気分 少年犯罪<減少>のパラドクス』『人間失格?』『友だち地獄』などがある。

 <携帯電話> 持ち運ぶことができる電話が日本に登場したのは1985年。重さ3キロで肩から掛けるタイプだった。87年にNTTが携帯電話サービスを始めて、ケータイ時代が本格スタート。99年にはインターネット接続サービスの「iモード」などが始まり、携帯向けのコンテンツが花盛りに。2008年には「スマートフォン(多機能携帯電話)」の一つ、iPhoneが登場し、ネット情報端末としての役割が強まった。国内の携帯電話契約数は昨年12月現在、1億6000万件を超えた。

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