特集・連載 考える広場

日本の科学、今ここにある危機 

2017/6/17 紙面から

豊田長康さん

 昨年まで三年連続でノーベル賞受賞者を輩出するなど、世界トップクラスにある日本の科学研究。しかし、その将来に関しては、危機的な状況にあるとの意見が次いでいる。研究の現場で何が起きているのか。現状と課題について三人の論者に聞いた。 

 <日本の科学研究の危機> 英科学誌「ネイチャー」は今年3月の特別企画冊子に、日本の科学研究の発表水準が低下して他の先進国に後れを取っているとの記事を掲載し、波紋を広げた。昨年ノーベル医学生理学賞を受賞した大隅良典さんも、基礎研究が軽視されがちな状況に警鐘を鳴らした。これらの意見に共通しているのは、短期的な成果を重視する新自由主義的な風潮への批判。日本の大学改革に疑問を投げかける形にもなっている。

◆人への投資惜しむな 鈴鹿医療科学大学長・豊田長康さん

 二年前、学術論文の国際的なデータベース(DB)に基づいて日本の論文数などを独自に分析しました。その結果、日本は先進国の中で唯一、論文数が二〇〇四年ごろをピークに停滞、分野によっては減少していることが分かりました。論文の質を示す「どれだけ引用されたか」という面でも低い水準です。

 英科学誌「ネイチャー」は僕の分析に注目し、昨年記事にしました。さらに今回、独自に複数のDBを調べ、僕と同じ結論に達しました。個人的には自分の主張が間違いでないことが立証され、ほっとしましたが、日本の危機的な状況が世界的な科学誌に取り上げられてしまったのは実に恥ずかしいことです。

 どうしてこうなったのか。僕の分析では、一番大きな影響を与えたのは、国から国立大に配分される運営費交付金の削減です。ネイチャーも原因の一つに挙げています。具体的には研究者の減少。研究時間を考慮に入れた研究者の数(活動時間の50%が研究時間の場合は二分の一人と数える)では、日本は先進国の中で最下位でした。

 研究者の身分はどんどん不安定になっている。「運営費交付金に頼らず、民間からの資金調達を」という意見もありますが、研究費の捻出に苦労している企業も多く、寄付には限界があります。しかも早急な成果を求められるため、研究者は短期的な思考になっている。これでは画期的な研究は難しい。近年、日本人のノーベル賞受賞が相次ぎましたが、日本の論文の引用数の世界に占める割合はかつてに比べて半減。ノーベル賞も将来半減する可能性があります。

 この状況を変えるには、人口当たりで先進国の半分程度しかない公的研究費を倍増すべきです。今年に入って政府が研究開発費を九千億円増やす方針を示したのは画期的で評価できる。問題はその中身。施設とか器具だけでなく、もっと人件費に回すべきです。五千億円あれば研究者を倍にできます。

 これまで大学の研究費は「出費」と考えられてきました。その結果、「効率化」と称する基盤的資金の削減、選択と集中が図られてきた。それが何を生んだかというと、日本の科学の地盤沈下です。科学研究は国内総生産(GDP)の上昇に役立つことも示されています。研究費を「投資」と考える発想の転換が必要です。

 (聞き手・大森雅弥)

 <とよだ・ながやす> 1950年、三重県生まれ。大阪大医学部卒。三重大学長、国立大学財務・経営センター理事長を経て、2013年から現職。ブログ「ある医療系大学長のつぼやき」で独自の大学改革案を発表。

◆「熱中する心」育てて 作家・瀬名秀明さん

 子どもが科学に興味を持たなくなっている、日本の科学は危機的状況ではないかという声があります。でも、それは科学に限った話なのでしょうか。活字や本離れを憂える声だってあります。科学に興味が持てない人は小説にもスポーツにも興味を持てないかもしれない。僕が感じるのは、何かに面白がって食いつく、関心を持つことが、世の中全体で薄らいでいるのではないかということです。

 これは印象ですが、背景にはネットの影響があると思います。たとえばネットでニュースが流れるとパーッと読み、すぐに感想を書き込む文化がある。刹那的な反応なので感情的になりやすいし、別の視点で調べる、自分の言葉で書くなどの作業が省かれがちです。

 実際、その場では何かいいことを言った気になっても、翌週には忘れるでしょう。本当に興味があれば、何週間も何カ月もその問題を考え続けるはずなのに。こうしたネットの刹那的な側面を克服して、熟考が可能なネット空間を発明できたら、本当に素晴らしいと思います。

 「学問をする」というのは、「考え続ける」ことです。最近では「難しいこと=悪いこと」とみなされがちですが、学問は「難しい」と「面白い」が両立する世界です。何かに熱中すると、必ず別の分野への関心へとつながっていきます。一流の科学者は必ず、自分の専門分野にとどまらない、広い視野と好奇心を持っています。

 東北大の大学院在籍中に、ミトコンドリアを題材にしたホラー小説『パラサイト・イヴ』を書きました。脳科学を題材にしたり、ロボット開発の現場を訪ねたりして書籍を出版しました。一流の科学者へのインタビュー集も出しています。

 僕の本がきっかけで、研究の道に進んだと言ってくれる読者がいます。ミトコンドリアに興味を持って大学で生命科学を専攻することにしたとか、ロボットやAI(人工知能)に興味を持ったとか。この仕事をやっていてよかったと感じる瞬間です。

 教養科目よりも実学を重視したり、メディアで目立たないと研究予算がつきにくかったり、社会全体に余裕がなくなっている気がします。そんな今だからこそ、物事を面白がって熱中する心を育てること、そして熟考することが、より良い未来につながると信じています。

 (聞き手・出田阿生)

 <せな・ひであき> 1968年、静岡県生まれ。薬学博士、科学解説者。『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞。『BRAIN VALLEY』で日本SF大賞。近著に『この青い空で君をつつもう』。

◆大学の構造改革必要 内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員・久間和生さん 

 日本の大学の理系学部の多くは、専門分野の講義は充実していますが縦割り過ぎます。私が在籍した米カリフォルニア工科大は、一九八〇年代に現在の人工知能が発表された時、バイオや電気、物理の講義を横串で融合させたカリキュラムを素早く作った。日本では、例えば電子工学科の学生は電子工学に関係した授業しか受けられません。

 さまざまな学問分野を学び、融合して創造的発想を生む研究者や、一つの分野を「深掘り」する研究者ら、多様な人材が必要です。日本は極度に狭い深掘り型研究者は多いが、融合型が少ないのが課題です。大学で教えるべきことは、基礎学力と教養(リベラルアーツ)。私の東工大学生時代、元文相の永井道雄先生らそうそうたる社会・人文科学の先生がいらして、大いに学んだ。今は理系の学生は教養を勉強しなくなりましたが、東工大では数年前から、元NHKの池上彰先生らを招き教養教育に再び力を入れ始めました。

 ノーベル賞候補者の先細りは心配。大学のポストが少ないため、若手研究者が博士課程に進みません。若手が多い任期付きポストでは、次のポスト確保のために目先の研究が中心となりノーベル賞を狙うような長期的な研究を行わなくなりました。

 国立大法人化の後、多くの大学が定年を六十五歳に延長しましたが、教員の給料を下げない大学が多い。企業は六十歳の定年を過ぎて嘱託社員になると給料は大幅に下がります。大学はグローバル化も遅れている。海外の研究者や文化と出合うことで新しい発想が生まれるのですが、研究者はポストを失う不安から海外に行きたがりません。

 本格的な大学改革には、企業や個人が寄付や投資をしやすくする制度改革が必要です。それと、国立大の教員の給与は業績に応じて差をつけるべきだと思います。ノーベル賞を狙える成果を挙げた研究者や、産業界に貢献する研究者を厚遇し、長い間論文も出さない研究者は厳しく評価するめりはりが必要です。でないと優秀な研究者は海外に流出するでしょう。

 学長のマネジメント力も大事です。学内の有名研究者が学長になることは必ずしも適切ではない。学術界・産業界を問わず、優れた経営能力と経験を持つ人材が学長になってもよいと思います。究極の人材流動化です。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <きゅうま・かずお> 1949年、東京都生まれ。東京工業大大学院博士課程電子物理工学専攻修了(工学博士)。77年に三菱電機入社。副社長を経て2013年、総合科学技術会議議員。14年から現職。

PR情報

アクセスランキング 2:00更新 もっと見る

ピックアップ

  • リポビタンD 中日ドラゴンズボトル50本が当たる!
  • 会員登録
  • ログイン
今日の天気(17:00発表)
名古屋
曇り時々晴れ
33 ℃/24 ℃
東京
曇り一時雨
30 ℃/20 ℃
大阪
晴れ時々曇り
33 ℃/26 ℃
  • 現在、渋滞情報はありません。
  • 登録路線が未設定です。

スポーツ速報

試合速報・結果

公式戦 8/16 一覧 /

チーム名 スコア チーム名
DeNA
3(終了)2 中日
ヤクルト
2(終了)8 巨人
阪神
3(終了)5 広島
日本ハム
4(終了)2 ロッテ
ソフトバンク
2(終了)1 オリックス
西武
5(終了)0 楽天

共同通信社提供

  • 公式 Twitter はこちら
  • 公式 Facebook はこちら
東京新聞 電子版
中日販売サポート
東海テレビ 庄野アナと 新聞を音読してみよう!
平和の俳句 作品募集中
中日防災ナビ
こどもウイークリーのこーなー
過去の企画・特集