『南の島の大統領 沈みゆくモルディブ』 2013/9/18

『南の国の大統領 沈みゆくモルディブ』 名古屋シネマテークにて9月27日まで上映中

どういうわけか9月は“大統領”の映画が多い。ルーズベルトの秘められた恋をテーマにした『私が愛した大統領』、ミッテランと彼に仕えた女性シェフの交流を描いた『大統領の料理人』。どちらも歴史に名を残した大統領の物語だが、もうひとつ異色の作品がある。

インド洋に浮かぶ島国モルディブ共和国の大統領を主人公にしたドキュメンタリー『南の島の大統領ー沈みゆくモルディブ』だ。アメリカやフランスの高名なリーダーに比べれば、弱小国の無名な大統領かもしれない。

しかし、他の2作と比べても見劣りしない魅力に富んだ、同時に今現在の世界の問題を深く捉えた、意味深い作品なのだ。小粒でも良い味わいで存在を主張する、まさにミニシアターにふさわしい秀作といってもいい。今回は、この映画を紹介しよう。

モルディブといえば風光明媚なリゾート地として名高いが、映画は、天国とも称される美しい観光地とは別の顔を、まず見せていく。1978年から30年にわたる独裁政権下での、言論弾圧、政治犯の逮捕、拷問など、この国の知られざる負の歴史だ。

そうした弾圧に屈することなく、民主化運動の先頭に立ち続けた男、モハメド・ナシードは、2008年に行なわれた選挙に勝利し、41歳で大統領に就任する。

新生モルディブを率いることになったナシードだが、思わぬ難題が待っていた。この国の平均海抜は1.5メートル。海面が1メートル上昇すると国土の8割が水没してしまう。恐ろしいことに、地球温暖化の影響で、海岸線はすでに日々後退していた。

このまま進めば、国土消滅は避けられない。これは独裁者よりも手ごわい相手ではないか…。ナシードは、大統領の椅子に腰を落ち着ける間もなく、自国を水没から救うための新たな戦いに臨むことになる。

エネルギッシュでポジティブで、オープンな性格の若き大統領は、モルディブを救うために、文字通り何でもする。状況を訴えるためのメディア戦略から、国際会議での丁々発止の駆け引きまで、寸暇を惜しんで奔走する。

映画は、彼に密着し、その行動を追っていく。大統領の信頼を得た撮影クルーは、モルデイブ代表団の一員として国際会議に参加、通常は取材が制限されるシビアな打ち合わせや会議の場にもカメラが入り、緊迫したやり取りを収めている。

ナシードの相手は、二酸化炭素の大量排出国。すなわち中国、インド、アメリカなどの超大国だ。例えは悪いが、ナシードは、さながら巨象に立ち向かう蟻のごとし。それでも怯むことなく真正面から巨象に向かい、なんとか合意を得ようとするナシードの姿は、並の劇映画を超えた感動を呼ぶ。

一国のリーダーは、彼のように真摯に、全力を傾けて自国を、自国の民を守るべきものだろう。そんな当たり前のことを、あらためて痛感させられる。

しかし映画は、たとえそれが社会問題を扱ったドキュメンタリーであれ、教科書や黒板とは違う。そこに今を生きる人間の息吹のようなものが流れていてこそ、映画としての価値がある。その意味で、この映画のナシードは、人間らしく生きるために戦うひとりの男として、生き生きとスクリーンの中に息づいていることも特筆したい。

最後にひとつ。実は、モルディブは、今現在、大統領選挙の真っ最中。開票はすでに行なわれたが、有効票の過半数に届く者がおらず、上位2人の決選投票にもつれ込んでいる。第一回投票の1位はナシードだった。結果は9月28日に明らかになる。小国の未来は、我々の未来とも関わっている。ぜひ、映画とともにご注目を。

映画の1シーン。美しい海岸線は崩壊しつつある…
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プロフィール

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名古屋シネマテーク 支配人

1961年、名古屋市生まれ 。南山大学卒。在学時から、自主上映団体「ナゴヤシネアスト」のスタッフに参加。

卒業後は、同会が1982年に設立したミニ・シアター「名古屋シネマテーク」の専従スタッフとなり、1987年より支配人。

1993年〜2002年、愛知芸術文化センターオリジナル映像制作作家選定委員。

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