リニア・鉄道館に行こう(9) 百歳を迎えた蒸気動車 2013/10/11

蒸気動車を明治村から運び出す様子

上の写真は、リニア・鉄道館で展示している蒸気動車ホジ6014を、犬山市の明治村から運び出す際に撮影したものです。車体は左下にありますが、妻面が観音開きになっていて、そこから引き出した機関部を吊り上げたところです。

この機関部をみると、蒸気機関車そのものだということをご理解いただけると思います。つまり、小形の蒸気機関車を造り、それを客車の一端に取り付けて走らせていたのです。車体妻面上部には、煙突を突き出すための穴が開いていることもわかります。機関部に対して、上から車体を被せるようにして組み立てるわけです。

日本では一般的だったこの蒸気動車の方式を、工藤式と呼びます。汽車会社の工藤兵治郎という設計掛長が、輸入されたハンガリーのガンツ社製蒸気動車などを参考に、日本の技術にあった、機関部が独立した仕様で設計したということです。

リニア・鉄道館に保存されている蒸気動車

リニア・鉄道館に保存されているホジ6014は、日本で唯一となった蒸気動車です。その車体前方の「機関室」と書かれた部分の下に、ピストンとロッドで結ばれた走り装置が見られます。冒頭の写真に写っている機関部の下の方が露出していることが判りますよね。

蒸気動車は、当初、自動車とか自働車と呼ばれていたようです。その「自」から、形式がホジとなったようです。その後、汽動車と呼ばれるようになり、さらにディーゼルエンジンやガソリンエンジンを使った内燃車が普及するにつれ、「汽」を「気」に代えることで、今も使われる気動車という語ができたとのことです。

このホジ6014は、ホジ6005形とされていますが、外見は6005-6012と6013-6016で異なっています。このため、大正3年の称号改正でホジ6005-6012はジハニ6055-6062となったのに対して、ホジ6013-6016はジハ6005-6008となりました。

さらに、昭和3年にも称号改正が行われるのですが、これが今に続くキハ、モハ、DE,EFといった称号改正です。このとき、ホジ6014はキハ6401となりました。明治村に保存されていた頃は、このキハ6401を車体標記していました。

機関部を投炭口側からみると、やっぱり蒸気機関車そのもの

この写真は、冒頭の写真で吊り上げられていた機関部を、投炭部側からみたところです。これも、明治村から搬出する際に撮影したものです。ボイラーこそ短いものの、蒸気機関車そのものですよね。ちなみに、手前の下に出っ張っているのは、水タンクです。石炭は客車内に積んでいました。

このホジ6014は、1913(大正2)年3月に新製されました。今からちょうど100年前ですね。その時、まずは神戸鉄道管理局に配属され、4年後に門司鉄道管理局に転属しています。そのまま北九州で活躍しましたが、戦時下の1944(昭和19)年1月に廃車となりました。

老朽化のためで、戦後に名古屋鉄道が蒲郡線用にと譲受しますが、結局使うことはなく、犬山遊園地に保存されます。いま名鉄犬山ホテルのある位置にあった遊園地です。

1962(昭和37)年に鉄道記念物に指定されるのですが、その頃、明治村を開村する計画があり、国鉄は同村に展示予定の東京・目黒にあった西郷山寮と、蒸気動車とを交換することで名古屋鉄道と合意します。国鉄の手に戻った蒸気動車は、名古屋工場に入って復元され、同工場の門の近くに保存されました。

さらに、1967(昭和42)年には同車を明治村に貸し出し、2009(平成21)年12月に運び出されるまで、明治村で展示保存されていたのでした。ちなみに、西郷山寮はいまも西郷従道邸(重要文化財)として明治村に展示されています。

ホジ6014の天井には、加減弁用のワイヤー2本が見られる

蒸気動車は、さほど旅客需要が多くない線区のために開発されました。というのも、強力な蒸気機関車に1-2両の客車を牽かせるのは効率が悪いうえ、終点駅で折り返すのに、機関車を客車の反対側に機回しする手間がかかるからでした。

その点、蒸気動車は両端に運転台があるため、ローカル線をピストン運行するのに適していたのです。

明治末期から昭和初期にかけて活躍した蒸気動車ですが、その後に増備されることはありませんでした。それは、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンが急速に発達して、内燃車が製造されるようになったことが最大の理由です。

内燃車は運転士と車掌の2名乗務で良いのですが、蒸気動車の場合には、石炭をくべる助士も必要だったのです。

ところで、蒸気動車は後進する際、どのように加減速していたのでしょうか。機関部は前部にしかありません。蒸気機関車は加減弁という自動車のアクセルに相当する装置で加減速します。蒸気をピストンに送る量を調節する弁です。

蒸気動車は、この加減弁にワイヤを結び付け、屋根上を通して後部の運転席につなげていました。また、車内の吊り手を取り付ける棒の中を空洞とし、この管を通して運転士と助士が話し合うことができるようにしていました。

リニア・鉄道館では、蒸気動車の車内はもちろんのこと、2階デッキから屋根上も見られます。見学時には、これらについても見落とさないようにしましょう。

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(有)鉄道フォーラム 代表取締役

1958年愛知県犬山市生まれ。大学卒業後に10年のサラリーマン生活を経て、当時話題だったパソコン通信NIFTY-Serveで鉄道フォーラムの運営をするために脱サラ。1998年に(有)鉄道フォーラムを設立。2007年にニフティ(株)がフォーラムサービスから撤退した際に、独自サーバを立ち上げて鉄道フォーラムのサービスを継続中。

一方、鉄道写真の撮影や執筆なども行い、「日本の“珍々”踏切」(2005.2 東邦出版刊)、「鉄道名所の事典」(2012.12 東京堂出版刊)、「トワイライトエクスプレス」食堂車ダイナープレヤデスの輝き−栄光の軌跡と最終列車の記録−(2015.9 創元社刊)など著書多数。

当「達人に訊け!」をまとめた書「東海鉄人散歩」(2018.7)が、中日新聞社から刊行された。

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