エボラを正しく理解して、怖がりつつも正しく対応する 2014/11/14

日本でウイルスを研究するほとんどの研究者が参加する日本ウイルス学会学術集会が、3日間の会期で、今週横浜で催されました。一般の方々同様に、研究者としてもエボラウイルスのアウトブレイクには大きな関心があり、2つの関連セッションは超満員でした。

その1つは、初日の富山化学(富士フィルムの関連会社)が共催した抗ウイルス薬の教育セミナーです。

富山化学が開発し様々な条件が課されて承認された抗インフルエンザ薬ファビピラビル(開発コードT-705、商品名アビカン)がエボラウイルスなど多くのRNAウイルスに効果があることから、どのようにこの薬がRNA合成酵素を阻害して抗インフルエンザ薬作用を発揮するかについて、富山化学と共同研究をしてきた白木教授が解説されました。

様々な制約が演者に課されているため、エボラに対する効果は質疑でのみ説明があり、その内容は既に論文などになっていることですが、エボラウイルスを感染させたマウスにこの薬剤を一定の条件で投与すると効果があることが解説されました。

すでに欧米でこの薬はエボラ感染者に投与されていますが、抗血清や抗体医薬品などと併用されているため、治療効果が見られてもファビピラビルが単独で効果があるかは現時点では定かではありません。

マウスの結果だけでヒトに効果があるかは保証されないことに加え、抗インフルエンザ薬としての臨床開発の中で催奇形性(妊婦への投与は禁忌)などの副作用が知られているため、無条件に誰にでも投与できるわけではないことに注意が必要です。

近々に開始される臨床試験の結果が待たれます。いずれにしても、ファビピラビルは現時点で最も期待がかかる薬であり、こうした薬を開発した日本の技術開発の底力を、今後も持続していくための研究への支援の重要性を多くの方に理解していただきたいと思っています。

もうひとつのセッションは、2日目の朝8:30に緊急に組まれたもので、2人の演者が報告をしました。我国の感染症危機管理のトップエキスパートで、森鴎外も就いたことから有名な厚生労働省の医官最高位である技術総括審議官鈴木先生が、国の対策を、国際支援と国内対策に分けて述べられました。

前者は、人・金・物の3側面があり、総理が追加支援を表明したように財政的には大きな貢献を我国は果たしていること、物資として医療現場に必要な防護服50万着分(既に2万着は送付済)や車両などの物資供給がある一方で、人的支援が他国に比して後れていることが指摘されました。

人的支援というと医師や看護婦を想像するところなのですが、それに加えて、実は、現地の医療関係者の研修、疫学調査や検査体制の構築など、様々な分野の人材が感染症の危機管理には求められています。

国内対策の面では、先週発生した西アフリカ帰国後に発熱した患者が市中医院を受診した事例からの教訓と対応が解説されました。

ひとつには西アフリカからの帰国者に配布される「健康監視カード」に発熱時には一般医院を受診しないように記載されていたにも関わらず無視されたことへの対応、医療機関での受診前の問診時に渡航歴を聞く体制の構築、「健康監視カード」対象者の同居者など本人以外の連絡方法の確保などを準備しているとのことでした。

もうひとりの演者は、5月と8月に各3週間リベリアに派遣された国際医療センターの加藤医師です。医療チームの防護服やローテーション、消毒薬などについて、現地の現状が紹介されました。

また、生存患者に比して死亡患者に多く見られる症状などの解析なども述べられました。感染1週目後半になって見られる嘔吐や下痢などの体液にウイルスがいることから、こうした体液を正しく処理することが感染拡散の鍵になると考えられます。

あまり報道されていないこととして、致死率の高いMERSウイルス感染症が欧米で広がりを見せたために、当初散発的であったエボラへのWHOの対応が遅れた面があること、それにもまして低賃金重労働の条件下でトレーニングもなく働かされる現地医療関係者が、現場放棄をしたために多くの医療機関が閉鎖し一般診療も含めエボラに対応できる状況になるまでに時間を要したことが、今回エボラのアウトブレイクが大きくなった原因のひとつであるということが印象的な話でした。

感動的な話は、エボラを経験し収束させたウガンダ保健省から派遣された関係者が現場で大きな力となっていることでした。従って、医療体制が確立した我国でアウトブレイクが起こる可能性は極めて低いと言えます。

エボラウイルスの模式図。1万9千個の遺伝子暗号からなる単鎖RNAをもつ。その遺伝子のうち、GPは、ウイルスの外側に突きだし、細胞に感染する時に使われる蛋白で、ZMappという抗体医薬品がこの蛋白機能を阻害。ファビピラビルは、RNA合成酵素がウイルスRNAの子孫を作ることを阻害。VP35は細胞によるインターフェロン産生を阻害、VP24はインターフェロンが誘導する抗ウイルス蛋白の産生を阻害。

最後に、ちょっとだけ科学的な話です。

1)エボラはどこからきたのか?

エボラに近縁のマールブルクウイルスはコウモリ(フルーツバット)に潜んでいることはわかっています。また、エボラがコウモリに感染するが特に症状を示さないことがわかっていますので、コウモリ説が有力です。

2)なぜエボラは致死的か?

実は、死亡した患者の血液1ml中には1億個に及ぶウイルスが存在します。人間の血液中の細胞の数は、その1/10以下ですので、エボラは容易に血液中にある免疫に関わる細胞を破壊し、それに伴い大量に産生されるサイトカインと呼ばれる低分子量蛋白などを介して致死的な状況を作ります。

3)では、なぜそんなに多くのウイルスが作られてしまうのか?
普通のウイルスが感染すると、インターフェロンと呼ばれる物質が感染した細胞から作られ、周りの感染していない細胞に抗ウイルス蛋白を作らせ、感染が周りの細胞に及ばないようにする働きを私達の体は持っています。

しかし、エボラウイルスは、VP35という蛋白を作り、インターフェロンが産生されないようにします。さらに、インターフェロンが作られても、VP24という蛋白を介して抗ウイルス蛋白が出来ないようします。結果として、ヒトの体が持つウイルス増殖を押さえる機能が阻害され、大量のウイルスが血液中に産生されることになります。

決して化学的にも物理的にも強いウイルスでは無いにも関わらず人々に恐怖を与えるこのメカニズムが理解されつつあるのですから、こうした知識をもとに新たな薬が開発されていくことが期待されています。

井上直樹

プロフィール:東京大学理学部生物化学科卒業、同大学院修了(理学博士)後、国立感染症研究所や米国疾病対策センター(CDC)などの感染症専門研究機関に勤務。専門は、ウイルス学。米国アトランタとシアトルに10年在住。昨年10月に国立感染症研究所より、岐阜薬科大学に着任。新たなワクチン・治療薬・病原体検出法の開発やその基礎となるウイルス学や免疫学を研究。趣味は、スキューバーダイビングと実験。

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