ウイルスの広がり:アフリカ発HIV、東南アジア発デング、そしてサウジ発MERS 2014/11/27

エボラの日本侵入が警戒されるが、これまでも様々な感染症が海外から日本に持ち込まれている。マスコミが騒ぐと、そのたびに多くの人が右往左往し、「騒ぎ」がなくなると忘れさられる。

しかし、病原体がなくなったわけではない。私が、国立予防衛生研究所 (現、国立感染症研究所)ウイルスリケッチア部に就職した時、当時の部長から「もう感染症の時代は終わった」と言われ、下手をしたら研究対象がなくなるのかとさえ思ったが、30年近く経った今でさえ、細菌でいえば、コレラ・細菌性赤痢・腸チフス・パラチフスなど、日本から消えたと思われた感染症が再度日本に持ち込まれている。

しかも、その多くが抗菌薬に耐性であるという深刻な事態がある一方で、新たな薬の開発は進んでいないというのが現実である。
 
ウイルスでいうと、古くはHIVに始まり、西ナイルウイルス、SARS、新型インフルエンザウイルスなど、様々なものが日本に入る、ないしは、入る危険があった。

こうしたウイルスがどうやって広がっていくかを理解することは、まさに自らの身を感染から守ることに繋がる。この半世紀で見つけられたウイルスは20種類を越える(表)。HIV、デング、MERSを例にウイルスの広がりを考えてみよう。

表 この半世紀に世界において発見されたウイルス

HIVは、アフリカから奴隷とともに米国に持ち込まれ、その後、性的接触によってヒトを介して、世界中をめぐり、今なお、日本国内で年間1000人以上の新規感染者、500人程度の新規AIDS患者が発生する大きな感染症である。

日本を含め各国で多くの抗HIV薬が開発・実用化された結果、HIV感染がそのまま「AIDS=死の病」でなくなったことが、皮肉にもHIV感染に対する危機意識の低下に繋がり、感染者は減少どころか増加している。

新たな薬が世に出ても薬に耐性のウイルスが現れてくると使えなくなり、また新たな薬の開発が必要となるイタチごっこが続いている。様々なワクチン開発が研究されてきたが、これが切り札というものが確立したわけではない。

HIVに限らず、単純ヘルペスウイルス感染症などの性感染症の拡大防止は、結局のところ、いかに感染源との接触を最小の確率にし、かつ、物理的に感染を防止するか、に尽きる。

自分と関係を持っているパートナーがひとりであったとしても、そのパートナーが過去に何人と関係を持ってきたかで感染リスクが異なることを理解するような啓発が求められる。

全米で見られる西ナイルウイルスやアフリカから東南アジアそして欧州に広がったチクングニアウイルスは、熱性疾患や関節痛を起すが、デングウイルスと同じように蚊を媒介としてヒトに広がるにも関わらず、最近の「デング騒動」の中でも大きくは問題として取り上げられなかった。

節足動物を介した感染症には、SFTSVなどのようにダニを介したものもある。節足動物がヒトや家畜・その餌などと移動し、たまたま次に感染できる環境が整えば、いとも簡単に、新たな地域での感染が成立する。

一度ウイルスを持った蚊が侵入すれば、瞬く間に広がっていくことは、西ナイルウイルスが全米に広がるまでに5年程度しかかからなかったことからも明らかである(図)。

図 1999-2003年での西ナイルウイルス(WNV)感染の米国における拡大

デングを含め節足動物が媒介する感染症は、媒介昆虫を駆除する、接触を避けるほか防御の手立てがないのが現状である。デングの場合に怖いのは、1回目の感染ではなく、いくつかある型のうち、最初と異なる型に2回目感染する場合で、デング出血熱として重症化する。

デングに対するワクチンの開発のために、臨床試験が東南アジアで行われているが、こちらもまだまだ道半ばという状況である。不思議なことではないのだが、デング感染は、実は感染が知られる国の中でも都市部に多い。これは、ヒト-蚊-ヒトのサイクルで感染が広がるため、人里離れた森林で蚊に刺されても、そうした蚊はウイルスも持っていない確率が高い。

私は趣味のダイビングで東南アジアなどに出かけるときは、できるだけ人口密度の低いところに宿をとり、現地などで使われる蚊を寄せ付けない臭い軟膏で身を守っている。

最近、急速に広がりながら、あまり知られていないウイルスにMERS(中東呼吸器症候群)がある。SARSと同じようなコロナウイルスで、2012年に初めて急性の呼吸器疾患の原因ウイルスとして報告され、その後アラビア半島を中心に発症者が現れ、輸入症例が欧州、北アフリカ、フィリピン、マレーシア、米国などからも報告されてきている。

10月末現在331例の死亡例を含む909人が検査で確定された感染者となっている。そう、致死率が30%以上という危険なウイルスなのだ。様々な媒介動物の解析から、ラクダにこのウイルスが感染し、ラクダからヒトへの感染が成立したのではないかと考えられている。そして、限定的ではあるがヒトからヒトへの感染が広がりつつあると思われる。

2002年に中国で発生したSARSの場合には、大量にSARSウイルスを排泄する1人の香港のホテルに滞在した中国人医師を起点として、医療関係者を中心に32カ国に感染が広がった。
早期の患者発見、患者との接触者の追跡や行動制限、患者の隔離などの措置が、最終的にはSARSを収束させた。

エボラに比べて、呼吸器感染症であるため、本当はMERSの侵入の方が怖いし、厚生労働省も標準的対応フローをはじめ医療機関への周知を図っているのだが、まだまだマスコミでは、そうした情報の提供が見られていない。

ビジネスで中東への出張などの頻度が増している今日、こうした出張を予定されている方は、厚生労働省が対応に関するQ&AをHPに載せているので、ぜひとも一読することを薦める。
 
世の中の技術革新の一方で、依然として解決されない古くからの感染症に加え、新たな感染症の脅威に私達は対峙していく必要がある。先端医療や再生医療など夢のある分野の発展も大事であるが、日本で日々発生している感染症、世界のどこかで生まれてくる感染症に、地道に向きあう取組みへの理解が求められている。

先日のウイルス学会の学会誌編集会議で、「ウイルス学会員は少し減った程度だけど、細菌学会の会員数は半分になったんだって。」などという雑談が飛び出すようでは、将来の感染症対策が大丈夫なのか当事者としても心配になってくる。

井上直樹

プロフィール:東京大学理学部生物化学科卒業、同大学院修了(理学博士)後、国立感染症研究所や米国疾病対策センター(CDC)などの感染症専門研究機関に勤務。専門は、ウイルス学。米国アトランタとシアトルに10年在住。昨年10月に国立感染症研究所より、岐阜薬科大学に着任。新たなワクチン・治療薬・病原体検出法の開発やその基礎となるウイルス学や免疫学を研究。趣味は、スキューバーダイビングと実験。

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