たかが水痘(水ぼうそう)、されど水痘、やっと水痘ワクチンが定期接種に 2014/12/2

「水痘(水ぼうそう)なんて大した病気じゃないし、大きくなってかかると重症になるから、近所の子が罹ったら、その子に自分の子供もうつしてもらえばいい」などという誤った感染症に対する認識が、依然として世の中にあることに驚かされることがあります。

「成人で重症化する」ことは事実ですが、たとえ子供でも「水痘は大した病気ではない」は明らかな間違いです。日本では、幸いにしてエボラで死者は出ていませんが、水痘では毎年死者が確実に出ています。

厚生労働科学研究班で国立感染症研究所の多屋先生達がまとめた数年前の病院アンケート調査では、水痘の重症化や合併症で年間3000人が入院し、年に10-20人の死亡していることがわかりました。

特に小児では、水疱が痒いために搔きむしり、そこから細菌などが入り込んで皮膚感染症を起してしまいます。酷いケースでは、いわゆる”人食いバクテリア感染症”(劇症型レンサ球菌感染症)で手足切断にまで至ってしまったお子さんの話を2年に1回ぐらい耳にします。

また、アトピーがあると水痘も重症になります(写真)。水痘を起したウイルスは、身体に潜伏して、老化や癌等で免疫力が落ちると同じウイルスが再活性化して帯状疱疹を起します。帯状疱疹の重症度は、水痘罹患時の水疱の数と一定の相関があります。

写真:アトピー児で見られた水痘(神奈川県立保健福祉大学古谷野伸先生提供)

病院で入院している生体肝移植・腎移植前後の乳幼児は、免疫力が低下していることが多く、水痘の罹患歴もありませんので、外から水痘が病棟に持ち込まれウイルスに感染すると命にかかわる問題に発展します。水痘のウイルスは、麻疹と同様に空気感染しますので、院内感染が怖いものなのです。

妊婦が水痘になると、感染時期により、胎児や出生児に重い障害が残る場合があります(図)。例えば、妊娠12-20週に発症すると2%の確率で胎児に発達遅滞をはじめとした障害が発生します(先天性水痘症候群)。

数年前に、神戸大学産科の谷村医師から、死産になってしまった胎児の写真を見せていただきましたが、全ての臓器中にウイルスが増えている悲惨なものでした。また、病院から、「水痘に罹ったことがないお子様で、帯状疱疹のような非典型的な症状ですが、これは水痘ですか帯状疱疹ですか?」との問合せがあったことがあります。

これは、妊娠後期に水痘罹患すると、大きな障害を残さないのですが、ウイルスが胎児に潜んで、乳児期に再活性化して帯状疱疹になったものです(乳児期帯状疱疹)。最も怖いのは、出産直前直後に水痘に妊婦が罹患すると出生児が重症化し、致死率も高いことです(周産期水痘)。

(図)妊婦が水痘に罹患した場合の胎児や出生児への影響

このように、多くの方にとって水痘は、「たかが水痘」ですが、一定数の方にとっては、致死的になったり、障害を残すような「されど水痘」なのです。

幸いにして、多くの関係者の努力で、今年の10月から水痘ワクチンが定期接種となり、しかも1回の接種ではなく、確実にウイルスの感染を防御できる2回接種になりました。従って、きちんとスケジュールに沿って、水痘ワクチンを接種していただければ、水痘がこれまで引き起こしてきた問題は大きく減少することが期待できます。

現在世界中で使われている水痘ワクチンは、昨年お亡くなりになった高橋理明先生(開発当時大阪大学の教授)が開発されたものです。このことは、日本が世界に誇れる偉業のひとつなのです。

日本では1986年から、このワクチンは任意接種で使われ、米国では1995年から保育園や小学校の入学要件として全ての乳幼児が接種するようになっています。そうした長い歴史の中で、副反応の頻度が低いこと、それも接種部位など局所の反応程度であり、重大な事象もNK細胞の免疫欠損など免疫に異常があった小児に見られる特殊でかつ稀なケースに限られていることがわかっています。

1999年にワクチンの安定剤として添加されていたゼラチンを取り除いたことで、ゼラチンに対するアレルギーに伴う副反応の件数も激減しました。さらに、生ポリオワクチンのように、体外にワクチン株ウイルスが排出されて次に感染を起こすような2次感染のケースも世界中でこれまで10例と報告されていません。

定期接種で費用の問題もなくなりましたので、「たかが水痘」と思わず、確実に皆さんのお子さんが、この安全なワクチンを接種されることを期待しています。

帯状疱疹は、水痘を起したウイルスが免疫力の低下で再度活動的になり引き起こされる病気で、80歳までに3人に1人が経験します。一部の方は、帯状疱疹後に神経痛に1ヶ月以上苦しむことになります。というのも、このウイルスが活動的になる時、潜んでいた神経の細胞を破壊するからです。

年をとって落ちてきた水痘帯状疱疹ウイルスに対する免疫は、水痘ワクチンと同じワクチン株を接種することで元のレベルに引き上げることが出来ます。米国では、水痘ワクチンと同じウイルス株を用いた帯状疱疹ワクチンが承認され、帯状疱疹そのものや神経痛の頻度の減少が期待されています。

日本のメーカーの水痘ワクチンは、そのまま成人で水痘帯状疱疹ウイルスに対する免疫を増強することにも使えます。帯状疱疹の予防と「免疫増強」は、ほぼイコールの関係ですが、やはり、厚生労働省としては手続きを踏んで適用に対応したエビデンスを元に帯状疱疹ワクチンとして認可することになるでしょう。我国でも早期に「帯状疱疹予防を適用とした」ワクチンが承認されるといいですね。

井上直樹

プロフィール:東京大学理学部生物化学科卒業、同大学院修了(理学博士)後、国立感染症研究所や米国疾病対策センター(CDC)などの感染症専門研究機関に勤務。専門は、ウイルス学。米国アトランタとシアトルに10年在住。昨年10月に国立感染症研究所より、岐阜薬科大学に着任。新たなワクチン・治療薬・病原体検出法の開発やその基礎となるウイルス学や免疫学を研究。趣味は、スキューバーダイビングと実験。

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