中性子を使う新しいがん治療法−ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)− 2014/12/12

今週、京都大学の原子炉実験施設主催の国際BNCTワークショップに参加して参りました。

BNCTとは ホウ素中性子捕捉療法 (Boron Neutron Capture Therapy)の頭文字で、あまり耳にしたことがない方も多いかもしれませんが、がんの放射線療法のひとつです。

がん治療の三本柱は、手術、化学療法、放射線療法です。前回もお話ししたように、今日では化学療法と放射線療法は通院しながら受けることも可能になっています。

特に放射線治療は、体への負担が少なく、また臓器を切り取らないので機能が温存できるという点で、「患者にやさしい治療法」として、高齢化社会を迎えた日本で、その役割がますます重要になっています。

放射線はとかく恐ろしいものとして嫌われる事が多いですが、医療や科学に役立つとても重要な存在です。例えば健康診断や骨折の時に誰でも経験するレントゲン撮影は、レントゲン博士によって発見されたX線を利用した診断法です。

がんの治療には、このX線の他にガンマー線や粒子線という放射線が利用されます。放射線治療では、正常細胞を傷つけることなくがん細胞だけをやっつけるために、いかに標的のがん細胞だけに放射線を集中させるかが最も重要なポイントになります。このため、治療機器や照射方法の様々な改良が成されています。

このようながん細胞への選択性を究極的に高めた治療法のひとつにBNCTがあります。この方法で用いる放射線は、「熱外中性子」というそれ自体には細胞傷害性がほとんどない弱いエネルギーの放射線です。では、なぜがん細胞を選択的に殺すことができるのでしょう?

BNCTの原理 

その鍵を握るのがホウ素(10B)原子です。10B原子核は中性子があたると核分裂をおこして、より強力な細胞殺傷能力を持つ、α粒子とリチウム原子核を放出します。

これらの粒子はがん細胞一個の大きさに相当する約10ミクロンしか飛べないため、10B原子をあらかじめがん細胞だけに取りこませておけば、周りの正常な細胞に害を及ぼすことなく、がん細胞を消滅させることができるのです。

BNCT治療研究は世界で日本が最もリードしており、京大原子炉を中心に、すでに500件以上の治療実績が蓄積され、優れた治療効果が実証されています。

このようにBNCTは理想的な治療法と考えられますが、実用化にはまだハードルがあります。まず、治療に適した中性子は原子炉施設でしか得られず、治療できる患者数が非常に限られています。

さらに、2011年の東日本大震災によって東海村原子炉は停止しており、国内でBNCTを受けられる施設は京大炉のみとなってしまいました。また、この治療法の成否を握る、がん細胞だけにとりこまれるホウ素薬剤に関しても選択肢が限られており、開発途上にあります。

このような状況に対して、最近中性子を発生できる治療用小型加速器が開発され、国を挙げて加速器によるBNCTの研究が開始されました。近い将来、あなたの近くの病院でBNCT治療を受けることができるようになるかもしれません。

このように、放射線療法は先端医療技術として進歩し続けています。そこで医療現場では、医師や看護師、薬剤師だけではなく、放射線技師の役割がますます重要になっています。

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永澤秀子 岐阜薬科大学教授

岐阜薬科大学卒業、京都大学大学院薬学研究科修了(薬学博士)後、慶應大学医学部助手、ジョン・ホプキンス大学客員助教授、徳島大学工学部助教授を経て2006年より岐阜薬科大学教授。日本女性科学者の会 (SJWS) 理事。

現在、創薬化学大講座薬化学研究室を主宰し、総勢28名のスタッフと学生を率いてがんの創薬、ケミカルバイオロジー研究を行っています。

本ブログでは私たちの研究室のメインテーマでもある「創薬」の話題から、薬がどのように生み出され、私たちのもとに届けられるかをわかりやすくお伝えします。

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