創薬の進歩 ―エフェドリン発見からiPS創薬まで― 2014/12/25

先週末、「あなたが創る未来に向けて〜理系の資格と仕事〜」という中高生との集いに参加しました。理系を目指す多くの中高生が、しっかりと自分の将来の夢を語ってくれました。ぜひ、この中から創薬に挑戦する人が育ってほしいものです。

そこで今回は、創薬の歴史についてお話ししようと思います。人類は古代より病の治療のために、薬草などの天然物を用いてきました。それらは、漢方薬やアーユルヴェーダなどとして現在も脈々と受け継がれています。

一方、18世紀後期に、薬学に化学的な知識が導入されると、天然物から活性成分を抽出し、化学合成するという手法が確立し、近代薬学の興隆が始まりました。

我が国では、明治初期にドイツで有機化学を学んだ長井長義博士が、東京帝国大学に薬化学教室を創設しました。その後、1887年に麻黄(マオウ)からぜんそく治療薬のエフェドリンを抽出し、さらにその化学合成を達成するなど、日本の近代薬学の基礎を築きました。

長井博士は、そもそも阿波藩の御典医の家系に生まれ、医学を修めるために留学したベルリン大学で、化学実験に魅了されて没頭するうちに、病を治すには医術だけでなく薬が必須であるという思いに到り、化学を基盤とする日本の近代薬学の草創に尽力しました。

ゲノム創薬とiPS技術による創薬のパラダイムシフト

20世紀初頭にラングレイによって受容体の概念が提唱され、くすりと生体の相互作用を研究する薬理学が発展しました。さらに、これに化学が融合し、近代創薬の基盤となるメディシナルケミストリー(医薬品化学)が生まれました。そして20世紀中頃には、ペニシリンを初めとする抗生物質が発見され、世界的な製薬産業の勃興期が到来します。

一方、1953年にワトソン、クリックにより、DNAの二重らせん構造が発見されると、ライフサイエンスの進歩が一気に加速し、2003年には、ヒトの遺伝子の全配列解読という偉業が達成されました。得られた膨大な遺伝情報を基に、IT技術を活用して生命のしくみを解き明かそうとするバイオインフォマティクスという学問が興り、これが医薬品開発に取り入れられ、ゲノム創薬が確立するに到りました。

ゲノム創薬では遺伝情報をもとに疾病の原因になる遺伝子を明らかにして、くすりの標的となる生体分子を同定し、これに対してコンピューターシミュレーション技術を駆使して論理的に医薬品分子を設計します。このような方法によって、医薬品開発の成功確率とスピードが大幅に向上するものと期待されています。
  
さらに最先端のゲノム創薬によって、個々の遺伝情報の違いから、あるくすりの効果や副作用の有無を患者ごとに予測したり、がんの種類に応じた抗癌薬の効果を予測したりして、最適な薬を処方することが可能になります。このような医療をテーラーメイド(個別化)医療といい、今後の医療の主流になると考えられています。

先日、iPS細胞を応用した網膜再生の臨床研究が話題になりましたが、次世代のiPS技術の利用は再生医療よりも創薬が中心になると考えられています。例えば、最近、京大のグループによって患者さんの皮膚の細胞から作成したiPS細胞を用いて軟骨無形成症という難病の治療薬として有効な医薬品候補物質が見出されました。

このように、難病や稀少病の患者さんの細胞から樹立したiPS細胞により、それらの発症機構の解明や、より精度の高い医薬品スクリーニングや副作用評価が可能になれば、未だ有効な治療法がない医療ニーズに対する創薬研究にブレークスルーがもたらされるものと考えられます。

以前に述べたように、医薬品開発の成功確率は非常に低く、基礎研究の成果とその実用化の間には、「死の谷」と呼ばれる障壁が存在します。ゲノム創薬やiPS技術はこの谷を越えるための架け橋になると期待されています。

永澤秀子 岐阜薬科大学教授

岐阜薬科大学卒業、京都大学大学院薬学研究科修了(薬学博士)後、慶應大学医学部助手、ジョン・ホプキンス大学客員助教授、徳島大学工学部助教授を経て2006年より岐阜薬科大学教授。日本女性科学者の会 (SJWS) 理事。

現在、創薬化学大講座薬化学研究室を主宰し、総勢28名のスタッフと学生を率いてがんの創薬、ケミカルバイオロジー研究を行っています。

本ブログでは私たちの研究室のメインテーマでもある「創薬」の話題から、薬がどのように生み出され、私たちのもとに届けられるかをわかりやすくお伝えします。

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