<第13話>小さな大横綱との思い出(上) 2015/6/3

“ウルフ”といわれ、史上3位の31度の優勝や通算1045勝を挙げ、国民栄誉賞も受賞した元横綱千代の富士の九重親方が還暦の土俵入りを行いました。

「あの千代の富士が還暦の土俵入り?」

時の流れの速さを実感します。ひとつの時代を担い、リードした特筆的な大横綱でした。

千代の富士の土俵人生をふりかえると、前半と後半はまったく違うものでした。相撲の取り口が変わったのをきっかけに関脇から大関、横綱に一気に駆け上がっていったのです。劇的に変わった土俵人生を今回から2回に分けてお話ししたいと思います。

前半の千代の富士はとにかく「何が何でも投げねばならぬ」というほど、「投げ」にこだわっていました。本人も周囲も横綱、大関なんて夢にも思わなかったことでしょう。体重も100キロから110キロを行ったり来たり。
番付が下位のころから、小さな体に似合わない強引な投げ、決まらないときは寄って出る相撲が多く見られました。生まれつき肩の関節の受け皿が小さく、脱臼しやすい、力士としては致命的な欠陥だったにもかかわらず、派手といいますか、豪快な相撲を取ろうとしていたのです。肩の脱臼を繰り返し、左肩だけでなく右肩まで壊してしまいました。
しかも、休場して番付を落としても、意気消沈どころか、ますます闘志をむき出しにし、投げを繰り返すのです。

二度目の十両転落を転機に、脱臼を克服するトレーニングが始まりました。ガラスの肩を強い筋肉の鎧で固めてしまおうとしたのです。

少年時代から陸上の短距離が速く、走り高跳びも得意としていました。そのため、立ち合いに鋭く踏み込み、最初の半歩、2歩目が抜きん出て速く、他の力士にはないスピードを身につけました。脇を締めれば肩に負担もかかりません。そして、素早く左前みつを取り、右から攻める、千代の富士の速攻相撲の型が生まれたのです。

琴風攻略のため出げいこで激しい申し合いをする千代の富士(右)=昭和56年

また、当時は出足が鋭い押し相撲の琴風になかなか勝てませんでした。千代の富士を語る上で、琴風はとても大きな存在だったと思っています。
速攻相撲の完成を目指し、苦手を克服するために、部屋に来てもらったり、佐渡ケ嶽部屋まで出かけたりもしました。そして、琴風だけを相手に2人だけでひたすら猛稽古。押されまいと徹したのです。

昭和56年1月場所、その琴風を初日に破り、快進撃が始まりました。
千秋楽まで横綱北の湖に星一つの差をつけていましたが、本割の直接対決で破れ、優勝決定戦となりました。ですが、千代の富士は負けた悔しさよりも、吊り出された瞬間に北の湖が膝から崩れた瞬間を見逃していなかったのです。
負けた相撲でも冷静に勝機を探す。当時から千代の富士は利口なお相撲さんでした。

北の湖との優勝決定戦で見事に上手出し投げを決め、初優勝を飾ります。歴史が変わった瞬間でした。

昭和56年1月場所優勝決定戦で北の湖を下し初優勝を飾った千代の富士
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プロフィール

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日本福祉大客員教授、元NHKアナウンサー・相撲ジャーナリスト

1930年、北九州市生まれ。早大卒業後、53年NHK入局。初任地は名古屋局で、自身初の大相撲実況は54年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋場所(当時は準本場所)。

NHK在職中は名古屋、福岡、大阪、東京と大相撲の本場所開催地の放送局に在籍。81年、大関貴ノ花引退の放送で思わず絶句。“泣きの杉山、泣かせの杉山”と異名をとる。相撲以外でも東京、メキシコ五輪をはじめプロ野球など各種のスポーツ実況を担当。

現在は日本福祉大生涯学習センター名誉センター長、客員教授。名古屋・栄の中日文化センター講座「大相撲の魅力を語る」で講師を務める。深い知識と豊富な経験を基に、講座で興味津々の話題を紹介してくれる。

著書に「大相撲この名勝負」「土俵の鬼三代」「兄弟横綱−若貴の心・技・体」「土俵のチンギス・ハーン 白鵬」「土俵の真実」などがある。

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