<第14話>小さな大横綱との思い出(下) 2015/6/8

昭和56年初場所は千代の富士があこがれていた大関貴ノ花が引退した場所でもありました。

私は実況で「真っ赤に燃え続けた太陽が西の空に沈んで、いま、新しい命を得た朝日が、まさに昇ろうとしている。新しい時代の夜明けです」とアナウンスをしています。
翌3月場所に横綱輪島、大関増位山が続けて引退。昭和56年は大相撲の新旧交代を象徴する年でした。

新横綱として迎えた9月場所は夏巡業で痛めた左足首を悪化させ、無念の途中休場となりました。周囲から「引退の危機」との声もありましたが、翌11月場所千秋楽で優勝決定戦の末、朝潮に勝って、新横綱初優勝を成し遂げました。
「横綱になったら早く優勝したい」と歴代の横綱がよく言いますが、千代の富士もこの3回目の優勝は「とても自信になった」と語っています。
このプレッシャーに打ち克った経験が、大横綱への道の第一歩となったのです。

千代の富士に追いつき、追い越そうとライバルたちも出現しました。その対抗馬と私が期待したのは横綱双羽黒でした。スケールの大きな体格、相撲ぶりは将来を大きく期待されましたが、素行に問題があり廃業となったのは残念です。

伝説となった九重部屋の稽古

のちに九重部屋10連覇など黄金時代をともに築いた北勝海との猛稽古は語り継がれています。ぶつかり稽古で踏みつけられ、羽目板に叩きつけられ、胃液も吐きながら、泥まみれになった北勝海。素質的に恵まれたとはいえませんでしたが、限界に挑戦し、鍛え上げた甲斐があって横綱まで登りつめました。平成元年名古屋場所での史上初の同部屋横綱同士の優勝決定戦も思い出されます。土俵上で北勝海はずっと下を向いたまま、兄弟子千代の富士と視線をまったく交わしませんでした。とてもやりづらかったのでしょう。

優勝31回を誇った千代の富士は運にも恵まれたといえるかもしれません。
一人横綱の時代もあり、隆の里、双羽黒といったライバル横綱が短命だったこともあります。ただ、「栃若時代」、柏戸、大鵬の「柏鵬時代」、北の湖、輪島の「輪湖時代」といったような「○○時代」と称されることがなかったのは残念に思えなくもありません。

千代の富士の涙の引退会見=平成3年5月場所

千代の富士が数多く語った中で最も印象に残っているのは、平成3年5月場所の引退会見です。
「体力の限界!気力もなくなり、引退することになりました」と手短に言い切った姿は千代の富士の気性の激しさと無念さを物語っていました。

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プロフィール

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日本福祉大客員教授、元NHKアナウンサー・相撲ジャーナリスト

1930年、北九州市生まれ。早大卒業後、53年NHK入局。初任地は名古屋局で、自身初の大相撲実況は54年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋場所(当時は準本場所)。

NHK在職中は名古屋、福岡、大阪、東京と大相撲の本場所開催地の放送局に在籍。81年、大関貴ノ花引退の放送で思わず絶句。“泣きの杉山、泣かせの杉山”と異名をとる。相撲以外でも東京、メキシコ五輪をはじめプロ野球など各種のスポーツ実況を担当。

現在は日本福祉大生涯学習センター名誉センター長、客員教授。名古屋・栄の中日文化センター講座「大相撲の魅力を語る」で講師を務める。深い知識と豊富な経験を基に、講座で興味津々の話題を紹介してくれる。

著書に「大相撲この名勝負」「土俵の鬼三代」「兄弟横綱−若貴の心・技・体」「土俵のチンギス・ハーン 白鵬」「土俵の真実」などがある。

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