グリーンケミストリーって?(4)製造法改良への挑戦1 2015/11/10

7月のブログでは「公害」を題材に、「グリーンケミストリー」についてお話しました。そこで紹介した「グリーンケミストリーの12か条」の第3条

“人体と環境に害の少ない反応物、生成物にする”

という条文があったのを覚えておられますか?

「公害」の教訓からも当然のことではありますが、実際には、我々の生活に欠かせない物質を作るのに、ヒトや環境に有害な“原料”や“中間体”を使わなければならない場合があります。勿論、将来に向けてそのようなプロセスは見直していく必要がありますが、なかなか実現できないケースもあります。

例えば、ウレタンやポリウレタンの製造。これらの名前、一度は耳にされたことがあるかと思います。ウレタンやポリウレタンは主として塗料、接着剤、繊維製品 、靴製品(合成皮革、靴底)、自動車部品(断熱材、クッション等)の原料として全世界で大量に使用されている物質で、構造式は次のようになります。

ここでRやR’というのは、様々な置換基が適用できるという意味です。実は、これらを合成するのに少し厄介な物質を使っています。以下にその反応式を記しました。

アミンにホスゲンを作用させてイソシアネートという化合物をつくり、その後アルコールと反応させて目的のウレタンを合成するわけですが、この中に問題となる厄介な物質が3つあります。

1つ目は、原料であるホスゲン。猛毒のガスです。2つ目は、中間体であるイソシアネート。色々な種類がありますが、一般に非常に強い毒性を持っています。中でもメチルイソシアネート(R=メチル基)は、猛毒に加えて沸点(39 〜 40 ℃) が低く気体になりやすい性質を持っています。

実際1984年12月にインドのボパールで、農薬の中間原料であるこのメチルイソシアネートのタンクで爆発があり、風下の住民に死者3千人以上、負傷・傷害者約20万人の被害を出した史上最大の化学事故がありました。

3つ目は塩化水素(HCl)。これは要らない物で、いわゆる副生成物と言うものです。一般にこのような大量の酸の廃棄には、水で希釈したりアルカリで中和したりする工程が必要になり、グリーンケミストリーの概念から遠ざかってしまいます。

これに対し、この猛毒のホスゲンを用いず、また猛毒のイソシアネートを経由しないウレタン合成法が、1993年、モンサント社より特許出願されました。

この方法の良いところは、ホスゲンの代わりに二酸化炭素を用いていること。皆さんご存じのように、二酸化炭素は地球温暖化の原因の一つと考えられ、人類の生活圏から排出される二酸化炭素の削減が喫緊の課題となっています。

ですから、この反応のように二酸化炭素を固定化する(化合物に取り込んでしまう)技術は、グリーンケミストリーの観点からも非常に有用なのです。

しかも、猛毒のイソシアネートを経由せず、カルバミン酸アンモニウム塩を経てウレタンを合成するというものです。酸(HX)が排出される点はまだ改良の余地がありますが、現行法に比較して毒性の強いものは一切使用していません。

でも、残念ながらこの方法が現行法に取って代わることはありませんでした。その理由は、グアニジンという特殊で高価な試剤を大量に用いなければならないからとのこと。

まだまだ、化学者の挑戦は続きます。

伊藤彰近 博士(薬学) 岐阜薬科大学合成薬品製造学研究室教授

岐阜薬科大学卒業、京都大学大学院薬学研究科博士課程2年修了後、母校に戻って来ました。助手、講師を経て2008年より岐阜薬科大学教授。

こてこての有機化学を研究すると共に、学生に教えています。現在、創薬化学大講座・合成薬品製造学研究室を主宰し、総勢27名のスタッフ&学生を率いて「環境に優しい化学=グリーンケミストリー」を幅広い観点から研究しています。詳細につきましては、是非当研究室のHPをご覧下さい。

本ブログは「あなたの健康に役立つ話」というタイトルですが、ここでは個々人はもとより、人類全体の健康的な生活に大きな影響を与えるであろう「化学技術」に関して、できるだけ分かりやすく皆様にお伝えしようと思っております。「化学式、化学反応式を見ると頭痛がする」と言われる方も多い(ほとんど全員?)と思いますが、今暫くお付き合いの程を。

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