「お墓」から韓国社会が見える!!(その8) 2016/1/5

「灯台下暗し」!!

案外、自国民は自国の事よく分かっていない場合が多く、「朴」もその一人。

約30年前、「朴」は韓国人「△△さん」にハマり、彼の著書をあれやこれや読んでいたところ、ある一節に目が止まった。

≪「全羅南道」の「××島」では人が死ぬとその遺体を地上に置き、その上にワラを被せて肉体が腐敗し骨だけが残るとその骨をきれいに洗い土中に埋める風習があり……後略≫(うろ覚えで大まかな内容です)

あれぇ〜これ、韓国の事?変わってるね!「××島」に住んでる人って一体何人?

それから随分経った留学時代のある日、「民族学」を研究していらっしゃる「○○教授」とある喫茶店で談話中、

○○教授:≪あのさ、「沖縄」には変わった風習があって人が死ぬとその遺体を洞窟の中に入れて肉体が腐敗し骨だけが残るとその骨をごしごし洗って骨壷に納めるんだよ。≫

朴:≪あらまあ、韓国にもそんな風習あるんですよ!≫

○○教授:≪本当?詳しく教えておくれ!≫

砂漠でオアシスに出会った如く「○○教授」は満面に喜色を浮かべて、

≪論文のネタがなかなか見つからなくてさ〜、「日韓の風葬」の事をテーマとして取り上げても良いかなと思うけど……≫

朴:≪あのですね、韓国の「全羅南道」のある島に「風葬」の風習があると「△△さん」の著書に書いてあったんですよ。ところで、「島名」なんかとっくに忘れてしまったので彼の膨大な著書の中からその「島名」を見つけ出すのは砂浜に落とした米粒くらいのダイヤモンドを見つけることよりはましだけど……だらだら……、彼の著書はまだ和訳されていないし……のらりくらり……≫

「○○教授」は「がっかりした表情」+「何とか調べてもらいたい期待感の表情」が交差。

どの辺に書いてあったのか調べられないわけでもないけど、1日いやいや、へたすると2、3日がかりの大作業になってしまうかも知れないし、韓国語の解らない「○○教授」なんだからひょっとして和訳のことまで頼まれる可能性も……(困っちゃったなぁ〜)……申し訳ないけど義理・人情のしがらみで簡単に引き受けるわけにはいかない!!

2人の間に気まずい空気が流れ、暫く2人は無言のまま………(以下省略)

ご馳走をいっぱい並べ蝋燭を点け行う韓国の「祭事」の光景 出典:日刊ベスト

韓国の現行の葬法では「土葬」&「火葬」が認められていますが、「国の法律」よりも「村の掟」が優先する場合が度々あり、

≪「風葬(第一次葬)」+「土葬(第二次葬)」=「二重葬(複葬)」≫

が行われている地域があります。

「珍島 진도 チンド」は、日本の演歌「珍島物語」の歌詞にある海割れの場所として知られる韓国の南西部にある群島。そして、韓国映画史上最初に観客百万人を超えた「西便制 ☆ 風の丘を越えて(1993年作)」やドラマ「春のワルツ」のロケ地として知られる韓国の南端にある「青山島 청산도 チョンサンド」。

行政区域として「全羅南道 전라남도 チョルラナムド」に属す「珍島」「青山島」を始めとする南西諸島には「風葬」の一種である「草墳 초분 チョブン」と名付けられてる古き葬法が残っており、韓国発情報によると「青山島」では2012年12月11日に「草墳(第一次葬)」、2013年 11月 28日に「土葬(第二次葬)」の「二重葬」が実際に行われたとか!!

第一次葬である「初葬(風葬)」の際は、遺体を土中に埋葬せず、家の近くの野原などに「草墳(チョブン)」という仮墓を造り死者を安置します。

平地に石を積み並べ、その石台の上に藁を敷いた後、その上に遺体を納めた棺を置き、棺の上に防虫・防臭目的の葉付きの松の枝を被せ、さらにその上を藁で葺いて目隠しし、藁葺に青い松の枝を挿せば草墳完成。

最後に、お別れを告げる「祭事」を行い「第一葬」を締めくくります。

毎年、古い藁を取り除き、新しい藁に葺き替え、松の枝を挿し替えておく。訪れる度に挿し替える松の枝の青い葉は、子孫が訪れてたとの「芳名録」の意味をもつとか?!供養に訪れたらお線香を上げる感覚なんでしょうかね?

一定期間が過ぎ遺体が風化して白骨化した後、第二次葬である「本葬(土葬)」を行います。「草墳」を崩し、穢れていない人に骨を拾ってもらい、親族が汚れを落とす洗骨を行う。白紙の上に頭から足まで組み合わせて並べ、布に包み棺に納めます。納棺が終われば「土葬」することになりますが、これは一般的な儒教式の土葬と同じ儀式を行います。

ところで、「全羅南道」の諸島に残存する「初葬(風葬)」は、木の「また」を作り、遺体を棺に入れず藁で包みそのまま「また」の上に縛りつけておく形式などもあったり、「改葬(本葬)」の時期も一般には3年と言われてはいるものの、5年又は肉身が完全に風化していない1年程で洗骨を行わず棺をそのまま土中に埋めたりして決まりが緩いので、本来の風葬の様子やルールがどうであったのか考えちゃいますね。

「△△さん」が彼の著書で「全羅南道」の「××島」の「風葬」を紹介して以来、2000年頃から「草墳(風葬)」が盛んに民俗学や民族学の研究対象となりました。

それから、映画やドラマを通じてこの辺りの島の絶景や島人の古き良き暮らしぶりが陸の人々に広く知られ、現代文明に疲れた旅人が大勢足を踏み入れることにより「草墳」の存在が韓国内に一気に広まったとか。

「○○教授」が本気で知りたがってた「島名」なんか「IT ☆ インフォメーション・テクノロジー(Information Technology)」時代となった現在は、「초분 チョブン ☆ 草墳」と2文字を入力して検索するだけで関連情報がズラリと並ぶ(草墳の「写真」&藁を葺き替える「動画」はこちら)。

昔は親が亡くなると子(喪主)はお墓の近くに墓地管理用の「小屋」を建て、そこで生活しながら故人に1〜3年間お膳を供えたりして亡き親に仕えるのが道理とされてたとか!? 出典:ZUM学習百科

「風葬」は朝鮮半島の人々にとって当たり前過ぎて書き残すほどの価値もなかったようですが、ある外国人の目にはこの風習が珍しく映ったのか、朝鮮半島の「風葬」の様子を書き残しました。

≪どの本だったっけ……「読書カード」でもつけておけば良かったのに、全く効率の悪い「朴」なんだから……≫

ボランティア精神に欠ける「朴」ですが、自分のことになると鉢巻巻いて頑張るので1時間強で必要な内容を見つけ出しました。

1885〜1896年にかけてロシア政府から朝鮮半島に度々派遣されてた「エリート5名」を中心とした朝鮮探検隊による調査・観察の記録で、1958年ロシアで出版され、2003年には韓国語訳版が韓国の店頭に並びました(以下は韓国語本の「朴」による日本語意訳です)。

≪私達は慶州で船に乗って水の流れが激しい錦江を渡った……(中略)……太い木の枝が茂る森の近くの崖の下に至った際、藁で包んだ複数の物体が木に吊り下がっている光景が私達の目に見えた。これは男児達の遺体だそうだ。

村に近くなってきたら崖の下に藁で被せてある大人数名の遺体が見えた。もう少し行ったら道の近くに藁束の外へ足が跳び手でいる姿も見えた。死体の上に被せてある藁束が滑りかけ遺体の膝が出ていたのである。

しかし、住民達は自分の家から約64〜85mしか離れていない所に死体が置いてあっても全然気にしていなかった。一般的に人が死ぬと数カ月経ってやっと死体を埋葬するそうだ。

富裕層の遺体は埋葬する前に粘土を塗り造った特別な部屋即ち、墓に移して安置し、ここに子孫達が故人の似顔絵を飾ておき、生前の如く毎日お膳を供えるそうだ。このような行為は1年間続くのだが、一年が過ぎるとお墓の前に蝋燭を点け、一晩中蝋燭を燃やし続けた。その後はお膳を整えて運んでくるのを中断し、似顔絵を燃やす。

貧しい百姓の場合は、埋葬する前に藁で作ったムシロに死体を包んで家から近い所に、しばし野原の近くに置いておくのだが、時には犬達が死体を噛みちぎって食ったりするそうだ。

墓地は時間をかけ心血を注いで選択するのだが、良い墓地を選ぶためには占い師に訪ねて行くこともあるそうだ。生きている人々の幸福と故人の冥福のために相応しい墓地を探し求めないといけないとの迷信があるからである。墓地を選び間違えた場合は多額の経費をかけ故人の骨を掘り出し、他の所へ移して埋めなければならなった。……(後略)≫

話、逸れますが、「朴」って日本に住み慣れてしまい、日本の物事に異和感がないのかそれとも、生まれ付きの観察力に欠ける鈍感な人なのか、日本文化に対して何にも感じないんですよ〜。ところでさあ〜、ロシア政府からの任務を背負って送られたエリート5名なんだから「頭、切れる」に決まってるけど〜「朴」は、外国人が書き残した鋭く客観的な見聞録など読んでると劣等感に陥って生きる意欲失ってしまうんですよ。それでも、下を見て生き続くしかないですかね〜(ノ◇≦。) ビェーン!!

ちょっとテンション上げて本筋に戻り、

3世紀頃編纂された中国の「三国時代」の史書『三國志』の「魏書」第30巻「東夷傳」(東夷とは中国の東、主に朝鮮半島と日本に住む民族を指す)、7世紀頃編纂された「隋」時代の史書『隋書』第81巻「列伝46」にあたる「東夷傳」、それから13世紀頃編纂された朝鮮半島の「高麗時代」の史書『三国遺史(1281年)』に朝鮮半島の「風葬」の風習が記されています。尚、最近発掘された朝鮮後期(1637年〜1897年)の学者「丁若銓」の論文「松政私議」には、

≪木の乱伐による山林破壊のせいで棺材(松の木)が高騰し、棺は都会の両班(公務員)の手にしか入らず、経済的に余裕のない地方の平民は大半が「草墳」で葬儀を行っている。≫

との記述が見られます。

先日、中国出身の某国立大学の前教授、「▽▽先生(90才)」に中国の葬儀についてお聞きしたところ、

≪僕は幼年期には、朝鮮族が多く暮らしている北朝鮮の国境辺りで、少年期には中国の青島で生活していた。僕の子供の頃、身内が亡くなったのだが、僕の住んでいた地域では棺用の木(松の木)がなかなか手に入らず、棺がとても高かったので叔父が遠くまで出掛け、水路を利用して木を運んできて(舟を使うのではなく木を水の流れに浮かべて運ぶのが普通だったらしい。)棺を作った。なので、その地域では人が死ぬと暫くの間、遺体に藁を被せ、野原に置いておいたり、高い木に吊るしておいたりするのを度々目にした。≫

とのお話。

儒教がスタートした中国の葬法は「土葬」だと勘違いしてる人もいるかも知れませんが、あれだけ広く歴史の長い国だから地域によって時代によって「葬法」は様々で、「▽▽先生」のお年から推算して約80年前までは「風葬」が普通に行われていた様子。

葬法には「乾燥葬(火葬・風葬)」&「湿葬(土葬・水葬)」二通りあり、「風葬」は遺体を埋葬せず、雨や風などの外気に晒し、自然風化を待つ葬法ですが、骨まで完全に自然風化するようにほったらかしておく原始的な形式と肉身が分解してから骨を納める形式があり、

★ 地上に木の「また」を作り、その上に遺体を置く「台葬」
★ 木の枝と枝の間に「また」をかけ縛っておくか、木の上にそのまま吊り下げておく「樹上葬」
★ 山間や海岸の洞窟に遺体を安置する「洞窟葬」
★ 絶壁の端に置いておく「崖葬」

などに分かれます。

「風葬」は、北アジアの古アジア族、高地アジアの諸種族、インドチャイナ、インドネシア、メラネシア、オーストラリアの島の住民、アメリカインディアン、アフリカの一部の原住民など世界の諸地域に見られ、民族や住む場所によって遺体を安置する方法が異なるみたいです。

中央アジアを始め中国などで流行っていた風葬の一種である「台葬」や「樹上葬」は、朝鮮半島の島に限らず、全国的に行われてたのですが、日本による朝鮮統治時代に「火葬」が強要され、その後、1970年代には韓国政府による農村改革運動である「새마을운동 セマウルウンドン」により法律的に禁止され急速に衰退、現在は陸地では姿を消し、「青山島」で2012年12月11日に「草墳(風葬)」が実際に行われたとの情報が今のところ最後。

「風葬」は「島」という地理的条件から生まれた「海洋文化」であるとの見方があります。勿論、「離島」「山の奥」「密林」といった比較的閉鎖された特殊な環境が深く関係し生まれた独自の伝統文化も存在しますが、「風葬」は陸から島へまで広まり、外来文化に触れるチャンスが少なく変化の速度の遅い離島に未だに残ってるとの見方が説得力あるような気がします。

実際に、民俗学・民族学(文化人類学)を専門としている人々は、進化したある文化の現在の形式、その前の段階を突き止める手掛かりを求め、新しい文化の受け入れが遅い地域を対象とするフィールド・ワーク(現地調査)を行うことが度々あります。

島と言う共通点はあるものの韓国の全羅南道の島と日本の沖縄。全くかけ離れた場所に存在する似たような「風葬」は、相互に独立に生まれたものなのかそれとも、一方から一方へ伝わっていったものなのか?いやいや、韓国の島や日本の島に限らず地球上の葬法は、元々他の動物の如く遺体をそのまま自然に放置することからスタートし、棺に納めたり、燃やしたり、埋めたりする段階へ発展してきたはずだから世界各国・各地域に分布するのが自然なので憶測を立てる必要はないかも。

でもでも、「全羅南道」は朝鮮半島の「三国時代」に「百済 백제 ペクチェ」の一部に当たり、日本の飛鳥文化に大きな影響を与えた地域。琉球王国には朝鮮半島からの文化的な影響が広く見られるらしいので沖縄の風葬は「南方海洋系」民族の風習ではなく、ひょとしたら、「百済」から「倭国」へ「倭国」から「沖縄」へと……「朴」の留学時代の「民族学」担当の「○○教授!!」ぜひ「韓日風葬」についての論文、書いて下さいなぁ〜m(._.)m

≪「全羅南道 チョルラナムド」の島の人々はなぜ「草墳(風葬)」の儀式を行うのか?≫

これに対する聞き取り調査の結果、島の人々からの素朴な声は、

@昔は親が生き返ることを願う思いで直ちに土葬せず、「草墳」を作りその横で長い期間墓守りをしていたと伝えられ、その風習の受け継がれ。
A経済的に余裕のある家庭はよく草墳にしていた。≪「草墳」+「土葬」≫二回にわたる手厚い葬り方は親孝行。
B先山(先祖代々の墓がある山)には「草墳」にした後、「土葬」するのが定め。子が草墳を造らずにして即土葬にするのは親不孝。
C先山には親より子が先に埋葬できない。よって親が亡くなるまで子の遺体は「草墳」にしておく。
D漁村では長期の出漁をする。その間に親に死なれ海に出た子が親の最後を見届けられなくても帰村後、親に会えるよう「草墳」にする。
E新年を迎えた(旧暦の)1月と2月に土を掘り起こすと禍を招くとの言い伝えがあり、この間に人が亡くなると埋葬できないので「草墳」を作り、後に「土葬」を行う。
F海に溺れて死亡した遺体は水気を含んだまま埋葬すると骨の汚れが酷く黒っぽいので乾燥「風葬(草墳)」させてから「土葬」にするときれいな白骨状態になる。
G肉身が腐ると水質が汚染するので骨だけをきれいに残して埋葬すれば飲み水が不足しがちな島の地下水や上水道が汚染しない。
H丘陵の起伏が激しく石が多いので耕地が少なく昔から「草墳」にした後、海を渡った向こう側に「移葬(改葬)」する。

等々だったとか!!

「草墳」は草(藁)さえあればできてしまう棺の買えない「負け組」中心の手間暇省いた原始的な葬法と思い込んでいたらどうも違うみたい。ちゃんと棺に納めてから「第一次葬(草墳)」を行い、一定期間が過ぎてから骨だけを「第二次葬(土葬)」する「手間暇」+「お金」の掛かる「二重葬制(複葬制)」!!

朝鮮半島には古くから「貴人」が亡くなると遺体を棺に納め仮安置する建物「殯宮」を設け、本葬を行うまでのかなり長い期間(殯の期間)に、死者の生き還りを期待しつつも故人の死を哀悼し霊魂を慰め法要しながら最終的な「死」を確認する「殯(もがり)」の葬儀儀式があった。

階級によっては家の一室や庭の一角に安置する「家殯」、山や野原に安置する「外殯」もあり、殯の期間も異なってたみたい。「この世」と「あの世」の間に「殯所」があり、見送る人は愛しき人の世話をしたい、見送られる人は見守っていたいと別れを惜しむ儀式。

この勝ち組み達の本葬(土葬)に先立つ「殯(もがり)」の慣習が流行り、家が狭く経済的に余裕のない庶民は、容易く手に入る藁で家の近くの野原に「草墳」を造る。肉身が酸化した後、「明堂(吉地)」を選んで「吉日」に洗骨し埋葬してから真心尽くして供養すれば墓の中の親の遺骨に伝わり親から子孫に配慮が生き届いた贈り物(福)が授与されるとの「風水」に基づく「尊骨思想」が「草墳」を造る大きな理由かな?!?!

日本の半永久的な石プレートで建てた「墓石」が並ぶ公営暮園の光景 写真出典:鹿児島市星ヶ峰暮園
芝を植えた、自然に調和する韓国の伝統的な「土饅頭型」の墓 写真出典:国内旅行(291)

話、変わるけど、

≪人間は愚かである。日差しを受けるために窓を作り、その日差しを遮断する為にカーテンを付ける≫と語った「賢人」、誰だっけ??

皆、先を争って近代化・産業化・都市化政策を推し進めた結果、大気・水質・土壌汚染、森林伐採など大規模な環境破壊が引き起こされ、近年地球レベルの自然環境問題への関心が高まり、「エコロジー(ecology) ☆ 自然環境」だの「ウエル‐ビーイング(Well-being) ☆ 健康・幸福(な暮らし)」だの「ウエル‐ダイイング(Well-dying) ☆ 幸せな死」だの心の豊かさや暮らしの質を重視するライフスタイルを志向。葬法においても「エコロジー」&「地球に優しい」を配慮した遺体処理法が求められ、既成の葬法の概念を覆す葬法が登場しました。

「次世代」遺体処理法として諸国から注目されるスウェーデン発「氷葬 ☆ プロメッション(Promession)」は、冬が長く国土の大半が雪に覆われるスウェーデンにピッタリ。超高速インターネットなど高度情報通信の発達や普及による情報の迅速な共有から地理・気候・宗教などそれぞれの地域の特殊事情を全く考慮せず、先進化した「葬法」を次々と取り入れるよりは、朝鮮半島の古き良き「土饅頭型の墓」&「藁葺の草墳」を世界へ発信するのは如何かなあ 〜♪

土を盛り目印となる方墳は作ってあるものの芝を植えた「土饅頭型の墓」は日本の半永久的な石プレートで建てた「墓」、ロッカーや棚などの人工物を設置した「納骨堂」に比べりゃう〜んと自然に調和してる感じ!!「草墳」だって藁(草)さえあれば出来てしまう自然環境保全に繋がる「墓」

≪「人類愛」・「地球愛」に相応しい葬法「草墳」≫

とのキャッチフレーズで、地球世界へ発信し広めるのは如何かなあ 〜♪

遺体が骨まで完全に自然酸化し、土に還るまでの期間を朝鮮半島では「120年」と考え、特別な場合を除き先祖の霊を「4代奉祀」(1世代30年×4世代 =120年)します。

人間を自然界の一部であると見做し「風葬」「土葬」によって徐々に、徐々に自然な形で死者を自然本来の姿に戻す葬法は時代遅れでしょうか。今の時代、「草墳」を世界中に広める目的でこんな都心で試したら、「刑事事件」の容疑者と誤認され騒がれそうですね。

「超スピード=美徳」であるこの時代、死者の肉体には価値を置かず墓地を「無駄」な存在と見做し、つい先まで仲睦まじかった人が息を引き取るや否やさっさっと骨まで粉にし、酸化の時間を短縮させ、痕跡すら消してしまう非常に近代的、先進的、「インスタント(即席)」的なあの「葬法」がやっぱり時代に見合ったベストな葬法でしょうかね??? (完)

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韓国ソウル出身。韓国国会事務局退職後、1988年来日。大学で高等学校教諭1種免許(国語)取得。大学院で日本文化専攻。

名古屋市の官公庁などの翻訳・通訳人として活躍後、大学や名古屋市内の生涯学習センターなどで「コリア文化」に関する講座を担当。

現在は愛知大学、中京大学、中日文化センター、愛知大学オープンカレッジなどで韓国語講師をつとめる。

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