第5回 モネを魅了した近代都市ロンドン 2016/7/3

クロード・モネ(1840-1926)は画学生の頃にルノワールと知り合い、一緒に制作旅行に出かけたり、展覧会を開催したりと交流を重ねました。そして2人ともに、近代化していく街や人々の生活を描いていきました。1890年代、モネは「積藁」「ルーアン大聖堂」といった代表作となる連作を制作し、1899年からロンドンのテムズ川の情景の連作を描いています。今回は、モネの作品とともに、芸術家を魅了した近代都市ロンドンを紹介します。

◇テムズ川の情景
1899年9月、モネは妻アリスと義理の娘とともにロンドンへ赴き、一か月ほど滞在しました。そして、テムズ川沿いにあるホテルに部屋をとり、移ろう眺めを描きました。モネは、翌年の2月から4月、翌々年の1月から4月にも訪れ、テムズ川にかかる橋や国会議事堂をモティーフに連作を制作しました。作品はジヴェルニーのアトリエで仕上げられ、1904年にそのうちの37点が「テムズ川の情景」としてパリの画廊で発表されました。
《チャリングクロス橋(曇りの日)、1900年》は、モネがこうして描いた作品のうちの1点です。

クロード・モネ《チャリングクロス橋(曇りの日)、1900年》1900年 油彩・カンヴァス 60.6 ×91.5cm Given by Janet Hubbard Stevens in memory of her mother, Janet Watson Hubbard 1978.465 Photograph (C)2016 Museum of Fine Arts, Boston.

画面を横切るのはチャリングクロス橋。鉄道用の橋として使われており、作品には淡いピンクの色調を帯びて描かれた蒸気機関車の煙が右から左へ流れています。

クロード・モネ《チャリングクロス橋(曇りの日)、1900年》(部分)

右奥にぼやけたシルエットになって見えているのが国会議事堂です。先端がとがって見えるのが「ビック・ベン」として知られる時計の塔です。

クロード・モネ《チャリングクロス橋(曇りの日)、1900年》(部分)

◇モネを魅了した「ロンドンの霧」
60歳を目前にしたモネを制作に駆り立てたのは、ロンドンの霧でした。そのため、モネはロンドンに深い霧が立ち込める冬に訪れています。

「私は冬のロンドンのみが好きです。霧なしでは、ロンドンは美しい町ではありえないでしょう。霧こそがロンドンにその驚嘆すべき大きさを与えているのです。その整然とした、重々しい街並は、この神秘的なマントのなかで壮麗になるのです。」
(『大回顧展 モネ 印象派の巨匠、その遺産』図録(2007年)144頁より引用)

モネが魅了されたロンドンの濃い霧には、当時燃料として日々消費された石炭の煙やすすなどが混じっていました。1900年から約2年間ロンドンに留学した夏目漱石は、「外出から戻り、痰をはくと黒い塊が出てきて驚いた」と日記に記しています。当時も大気汚染は認識されていましたが、改善は進まず、1952年には多数が亡くなった大惨事「ロンドン・スモッグ災害」が起きています。

◇ロンドンの魅力
現代の私たちからは快適な生活環境とは思えない当時のロンドンですが、ほかの芸術家の心も惹きつけました。モネが霧に包まれた情景を描いた一方で、オーギュスト・ルペール(1849-1918)は、夜の国会議事堂を木版でとらえました。ルペールの精緻な表現はモネとは異なりますが、時刻をタイトルに含めていることからルペールも時間によって変化する情景に関心をもっていたと考えられます。画面上部を覆う雲の表現にも、刻々と変わる雲のダイナミックな動きが伝わってきます。

オーギュスト・ルペール《夜9時の国会議事堂》1890年 木口木版 36.9 ×56.3cm Gift of Eijk and Rose-Marie van Otterloo 2010.1314  Photograph (C) 2016 Museum of Fine Arts, Boston.

モネよりも若い世代で、ボストン出身の写真家アルヴィン・ラングドン・コバーン(1882−1966)は、1904年ロンドンに移住し、1909年には『ロンドン』と題した写真集を発表しています。コバーンは、「自分の仕事を見つけた者は幸いです―やはりロンドンに優る場所はありません。これまでの自分の写真はなんだったのでしょう」と記しています。コバーンは、首都ロンドンの姿の数々をカメラに収めていきました。

アルヴィン・ラングドン・コバーン《ハイド・パーク・コーナー》写真集『ロンドン』より 1906-10年(推定)フォトグラヴュール22.0×18.1cm Benjamin Pierce Cheney Donation 1972.217 Photograph (C) 2016 Museum of Fine Arts, Boston.

モネは、雲や霧そしてスモッグを通して差し込む陽光が生み出した情景に美を見出し、ひたすら描いていきました。一方、モネが描いた美しい色彩の情景は、産業や雇用、そして富を優先していた近代都市の姿をも映し出しているといえるでしょう。作品は私たちに美への感動を与えてくれるとともに、芸術家が生きた時代を伝えてくれます。モネが21世紀の現代に生きていたら、どんな情景に美を見出していたでしょうか。皆さんはどのような情景だと思いますか?

次回は、20世紀に入り、貧困、戦争といった不穏な時代を迎えたヨーロッパを生きた画家の作品を紹介します。

PR情報

記事一覧

第7回 ミレー、印象派、その広がり

これまで都市に暮らす人々の娯楽、変貌するパリやロンドンの姿、戦争を経験した画家たちが向かった自然豊かな田園といったテーマを取り上げてきました。今回は…

2016/8/7

第6回 近代生活の影を描く 都市と田園

これまで都市にある劇場や巨大な建物であるランドマークなどを描いた作品をご紹介してきましたが、都市は歓迎すべきものだけで満ちていたわけではありません。…

2016/7/24

第5回 モネを魅了した近代都市ロンドン

クロード・モネ(1840-1926)は画学生の頃にルノワールと知り合い、一緒に制作旅行に出かけたり、展覧会を開催したりと交流を重ねました。そして2人ともに、近…

2016/7/3

第4回 称えられた近代都市パリ

パリと言えば、エトワール凱旋門、ノートルダム大聖堂、エッフェル塔といった建物が思い浮かびます。エトワール凱旋門に通じるシャンゼリゼ通りは、世界でもっ…

2016/6/15

第3回 ドーミエがとらえた都市の皮肉

オノレ・ドーミエ(1808-1879)。油彩、水彩、版画、彫刻と様々な手法で作品を制作しました。彼の作品のなかでも、新聞や雑誌の定期刊行物に掲載されたリトグラ…

2016/5/28

第2回 都会を照らした光

19世紀に入ると都市にはガス灯が導入され、1879年にはエジソンによって実用型の白熱電球が開発されました。こうした灯りの登場は、それまでの蝋燭やランプによ…

2016/4/30

第1回 描かれたレジャーの楽しみ

印象派を代表する画家ピエール=オーギュスト・ルノワールが生きた時代、人々はどのような暮らしをしていたのでしょうか。今回は、芸術家たちがとらえた、レジャ…

2016/4/20

1〜7 / 7件

プロフィール

33

裄V宏美(やなぎさわ ひろみ)
名古屋ボストン美術館 学芸員
学習院大学大学院人文科学研究科(美術史学専攻)修了。Bunkamuraザ・ミュージアム勤務を経て、2015年より名古屋ボストン美術館勤務。

井口智子(いのくち さとこ) 
名古屋ボストン美術館 学芸員
早稲田大学第一文学部(美術史)卒業。英国St. Andrews大学Museum & Gallery Studies修了。2000年より名古屋ボストン美術館に勤務。専門は博物館学、美術史。担当展覧会に「ダブル・インパクト 明治ニッポンの美」「ボストン美術館 ミレー展」「ゴーギャン展」「クロード・モネの世界」展など

ルノワールが生きた19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパは、産業革命により近代化が進んだ時代であり、人々の生活は劇的に変りました。ガス灯が輝く通り、華やかな舞台の劇場―街は都市へと変貌し刺激的な場所となります。しかし急激な人口増加に見舞われた都市では生活環境が悪化し、貧富の差が生まれました。人々は都市に息苦しさを感じる一方、自然や素朴な暮らしの残る田舎にピクニックや海水浴などの憩いを求めるようになります。
本展はボストン美術館のコレクションを中心に、油絵、版画、写真の89作品で近代ヨーロッパの生活をご紹介します。芸術家たちを惹きつけた風景とそこに暮らす人々の光と影。ルノワール、モネ、ミレー、ドガ、ゴッホらが描く「都市と田園」の魅力をお楽しみください。

  • 会員登録
  • ログイン
明日の天気(17:00発表)
名古屋
曇りのち一時雨
21 ℃/12 ℃
東京
曇り
21 ℃/10 ℃
大阪
晴れ後一時雨
23 ℃/12 ℃
  • 東名, 名神, 東名阪道, 名古屋高速で渋滞情報あり。
  • 登録路線が未設定です。
  • 公式 Twitter はこちら
  • 公式 Facebook はこちら
クラウドファンディング 夢チューブ 中日新聞
東京新聞 電子版
中日新聞の人材研修 ビジネストレーニング「ビズトレ」
中日販売サポート
東海テレビ 庄野アナと 新聞を音読してみよう!
中日防災ナビ
こどもウイークリーのこーなー
過去の企画・特集