第12回 繰り返される銃乱射事件−本選では銃規制、対テロ、対移民政策が争点に? 2016/6/30

アメリカでは、41%の人々が銃(拳銃、ライフルなど)を所持していて、彼らは銃所持権は合衆国憲法補正第2条で保証されている“基本的人権の一つ”だと心の底から信じています。

補正第2条には、こう記されています。

A well regulated militia being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear arms shall not be infringed.

“規律の整った国民義勇軍は自由な国家の安全保障にとって必要なので、国民が武器を所持し携帯する権利は侵害されてはならない”

この条項が合衆国憲法に付加されたのは1791年12月15日。アメリカ建国の15年後で、まだ警察組織やしっかりした軍隊が存在せず、イングランドから独立を勝ち取った義勇軍が国防を担当していた時代でした。ですから、民主党派の人々は「警察や正規の軍隊が存在する今のアメリカではこの条項は無意味」と考え、一般人は銃を持つべきではない、と思っています。

一方、共和党派は憲法遵守を訴え、イングランドの暴政に武力で立ち向かい独立を勝ち取ったFounding Fathers“建国の父たち”の意図を重んじて「国防、護身、及び圧政に対抗して個人の自由を守るために銃は絶対に必要である」と固く信じています。

マスケット銃

この補正条項が付け足された時代の“武器”が大砲やマスケット銃だったことを思うと、自動小銃やマシンガンなどの所持をも合法とするのは“建国の父たちの意図”であるとは考えにくいですよね。

でも共和党派の人々は、一つの種類の銃を規制すると、それが引き金になってなし崩し的に全ての銃の所持が禁じられる恐れがある、と信じていて、ハンターたちも、殺傷威力の高い自動小銃は獲物を人道的に殺すために必要だ、と主張しています。

去年の12月にカリフォルニアで、今年の6月中旬にフロリダでイスラム教過激派による乱射テロが起きたときも、民主党派と共和党派は全く歩み寄ることはありませんでした。

民主党派は、おそらくほとんどの日本人と同じように、これらのテロは銃規制強化によって取り締まれると思っています。しかし、共和党派はイスラム教過激派の取締こそがテロ対策の根本なので、銃規制は二の次だと信じています。

共和党候補のトランプは「terrorist watch list“テロリスト監視リスト”やno-fly list“(ハイジャック阻止のための)搭乗拒否リスト”を強化し「リストに載っている人間には銃を買わせるべきではない。」と言っているのですが、共和党保守派はこれにも反対しています。その理由は、彼らが連邦政府が製作するリストそのものに不信感を抱いているからです。

2011年以来オバマ政権下の国税庁は、Patriot“愛国”、Constitution“憲法”、Tea Party“ティーパーティ”などの保守的な単語がグループ名に含まれた426個の政治団体と団体参加者に対して、会計監査、FBIやアルコール・タバコ・火器局、国土安全保障省による徹底的な身元調査を行っています。

また、テロリスト監視リストや搭乗拒否リストも、名前のスペルミスなどの政府の手違いで載せられてしまった人も少なくなく、一度載せられたら莫大な費用と時間をかけて政府を相手取って訴訟を起こさない限り汚名返上ができません。

一例を挙げると、今年14才になるマイケル・ウィンストン・ヒックス君は、マイケル・ヒックスという人物がテロ対策のリストに載っているせいで、幼児の時から家族で旅行をするたびに空港で徹底的な身体検査を受けています。

このように、政府は悪意をもって、あるいは人為的ミスや手抜きのせいで、無実の人を巻き込むブラックリストを作っているので、共和党保守派はトランプに反対しているのです。

また、イスラム教過激派のテロや不法移民によるアメリカ人射殺事件がおきる度に、オバマ政権が銃規制のみを主張し、political correctness“政治的正しさ”を重んじるあまりにイスラム教過激派や不法移民の取り締まりには全く触れていないことも、政府に対する共和党保守派の不信感を悪化させています。

彼らは、オバマ政権や民主党はアメリカ国民の安全よりも不法移民やイスラム教徒の保護を重視しているので、身の安全は自分たちで守るしかない、と本気で信じているのです。そして彼らは、銃規制を強化しても規制に従うのは善良な市民だけで、悪者は違法に銃を手に入れ、テロリストは自家製爆弾で攻撃してくるので、銃規制強化は全く無意味だと思っています。

AR-15半自動式銃

ちなみにアメリカでは、乱射事件が起きる度に、銃規制強化を恐れる人々が様々な銃を買いだめして銃のセールスが急騰しますが、6月12日のイスラム教過激派テロ事件の後も銃のセールスが急増し、特にAR-15という半自動式銃が飛ぶように売れています。

今回は特に同性愛者やトランスジェンダーの人々の間で銃のセールスが4倍に跳ね上がっている、ということなので、アメリカ人の心の根底には「自己防衛のためには銃が必要」という信条が潜んでいるのかも知れませんね。

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プロフィール

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ジャーナリスト

エジプト、カイロ大学で比較心理学を専攻。イスラム教徒。1989年から1994年までNHK教育テレビ『英会話』講師、NHK海外向け英語放送ラジオ・ジャパンのDJ、テレビ朝日系CNNモーニングのキャスターを務め、1994年、ヨーロッパに移住。1998年、拠点をテキサスに移し、アメリカのレッド・ステイツ(共和党が強い非都会型の州)の実態を様々な媒体でリポート。

著書:
『レッド・ステイツの真実−アメリカの知られざる実像に迫る−』(研究社)
『オバマ失言で学ぶアメリカ』(ベストセラーズ)
『警告!絶対にマネをしてはいけない「ブッシュ君」英語集−正しい英語例つき』(マガジンハウス)
『世界のエリートがみんな使っているシェイクスピアの英語』(講談社)
『聖書をわかれば英語はもっとわかる』(講談社)

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