『ソング・オブ・ラホール』 2016/9/2

『ソング・オブ・ラホール』より。本作は東京で公開中。名古屋は9/10より。全国順次公開。

ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンというパキスタンの歌手が好きだった。イスラーム神秘主義の儀礼音楽、カッワリーの名手として知られた人で、欧米でも積極的に活動したが、1997年、惜しくも48歳で病没した。その歌には聴いているうちに意識がとんでしまうような幸福感、没我感があって、一時期好んで聴いていた。

そのヌスラットの名を、昨年末に開催された「イスラーム映画祭2015」の上映作品『神に誓って』で久々に耳にした。この映画は2007年にパキスタンで作られた劇映画で、ラホールに住むミュージシャンの兄弟を主人公にしている。

兄は、もっと音楽を勉強しようとアメリカへ留学するが、内向的な弟は音楽を続けるか悩んでいる。そんな弟にイスラーム法学者の老人が説く。「ヌスラットは敵陣に乗り込んで白人を圧倒した。だが、イスラームにおいて彼のしたことは許されない。彼は神にとって好ましくないことをして逝った。それを魂の堕落という」…。なんということか。ここでは、音楽は悪いもので、何の価値もないと断罪されている。

イスラーム諸国における表現者たちの葛藤は、想像以上に根深いのだ。ヌスラットの歌を気軽に聴いていた私は、音楽が悪とされる社会の現実を目の当たりにして、頭を垂れる他なかった。

そんな折、やはりイスラームと音楽を主題にした映画を見た。『ソング・オブ・ラホール』。パキスタンのミュージシャンたちの活動を追ったドキュメンタリーだ。登場するミュージシャンは、伝統音楽の奏者たち。かつてラホールには巨大な映画スタジオがあり、彼らは映画音楽の演奏で生計を立てながら、伝統音楽を奏でていたという。

しかし、1970年代後半、クーデターによって生まれた新しい政権は、厳格なイスラーム教の徹底を政策の主眼とした。そのため映画も音楽も衰退の一途を辿り、パキスタンの表現者たちは苦難の時代を迎える。それでも音楽を続けた奏者の一人は、映画の中で言う。「ミュージシャンであることは、ずっとひた隠しにしてきた。今でも演奏するときは防音した部屋を使っているんだ」と。

このままでは、パキスタンの伝統音楽は死に絶えてしまう。危機感を抱いたミュージシャンたちは、聴き手を海外の音楽愛好家に求めた。そのためには、伝統音楽だけでは通用しない。

そこで彼らが取り組んだのは、即興性において伝統音楽と似たところがあるジャズ。名曲「テイク・ファイヴ」を編曲して民族楽器で演奏し、YouTubeで公開したところ、予想以上の大反響を巻き起こす。遂にはジャズ界の巨匠、ウィントン・マルサリスから共演の申し出を受け、あれよあれよという間に、彼らはジャズの本場、ニューヨークに降り立つことになる。

映画は、ニューヨークでのジャズとパキスタン伝統音楽の共演をクライマックスに置いて、進行していく。「ジャズは、他者を受けいれる。虐げられた者の音楽だったからだ」と語るウィントンの姿勢は素晴らしい。とはいえ、両者の音楽はそう簡単には溶け合わない。リハーサルシーンは、手に汗握る緊張の連続だ。見る側も「なんとか、うまくいくように」と思わず応援し、祈りたくなる。それは、これまで彼らが味わってきた苦難を、映画が丁寧に描いてきたからだろう。

そして、いよいよ開かれるコンサート…その結果は、ぜひ映画館で体験してほしい。音楽のみを共通言語にしたミュージシャンたちのプライドと尊敬が飛び交う様子は、私の拙い言葉ではとても言い表せないから。

さて、このコンサートがクライマックスに置かれていることは先述の通りだ。だが映画が見つめているものは、もう少し深い。主眼は、イスラーム社会の中で音楽は命を繋いでいけるのかという点にあるからだ。

だからこそ、ニューヨークでの晴れ舞台の、その次が描かれる。帰国後の彼らの様子と、そして自国で“はじめて”開かれるコンサートの模様を伝えるエピローグは、短いながら真の映画的クライマックスと言えるだろう。やはり一人のミュージシャンが映画の中で語る。「人は信じたものに神を見出す。僕たちの神は音楽の中にいる」。その考え方が受け入れられ、宗教や民3族を越えて連帯を形作っていくことを願わずにはいられない(本文中の「イスラーム映画祭」は、2017年にも東京ほかで開催予定)。

『ソング・オブ・ラホール』より。パキスタン人の指揮者にニューヨークのジャズミュージシャンたちが応える。
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プロフィール

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名古屋シネマテーク 支配人

1961年、名古屋市生まれ 。南山大学卒。在学時から、自主上映団体「ナゴヤシネアスト」のスタッフに参加。

卒業後は、同会が1982年に設立したミニ・シアター「名古屋シネマテーク」の専従スタッフとなり、1987年より支配人。

1993年〜2002年、愛知芸術文化センターオリジナル映像制作作家選定委員。

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