地球温暖化を考える 〜第3話:水から水素を簡単に取り出す!! 次世代エネルギー製造法への挑戦〜 2017/6/30

水素分子(H2)は最も軽い気体で(比重換算で空気の約1/15)、還元剤、遷移金属触媒の活性化剤、燃料電池、燃料など、様々な用途に利用されています。

燃焼すると水に変換(酸化)されるためクリーンなエネルギー源ですが、引火性を示し、運搬や保管における規制が厳重に定められています。

第2話で紹介したように、水素は、工業的にはメタンガスの水蒸気改質法で合成されているため、製造工程で二酸化炭素(CO2)が発生するなどの問題が残っています。また、水素はマイナス252.9 ℃で液化して体積が約1/800に減少しますが、1日当たり0.5%程度(改良されつつあります)の揮発によるロス(ボイルオフと呼びます)は避けられません。また、液化させるために、大量のエネルギーを投入する必要があるなど多くの課題を抱えています。

このような背景から、最近では、分子内にたくさんの水素原子を保有し、常温で液体の化合物(有機化合物の場合には「有機ハイドライド」と呼ばれています)を水素運搬(貯蔵)物質(水素キャリア)として利用する方法が注目されています。

水素キャリアから効率良く水素を取り出す技術の開発が急務ですが、下図に示したように、メチルシクロヘキサンを水素キャリアとして利用する(メチルシクロヘキサンから3分子の水素を取りだしてトルエンに変換する)方法が実用段階に到達しています(岡田, 安井 化学工学 2016, 80, 398-401)。

しかし、メチルシクロヘキサンから水素を取り出す反応(下図:右に向かう反応)は、白金微粒子触媒存在下400 ℃、10気圧程度の温度と圧力が必要になります。また、トルエンを水素化してメチルシクロヘキサンを製造(水素を貯蔵)するためにも(下図:左に向かう反応)、安定なベンゼン環構造を破壊するため、250 ℃、10気圧程度の加熱と加圧が必須となり、いずれの工程も投入するエネルギーの調達法の開発が今後の課題です。

メチルシクロヘキサンを水素キャリアとした有機ケミカルハイドライド法の概念

このように、「水素キャリア」を利用する場合には、水素キャリアから水素を取り出すために投入するエネルギーと同時に、水素キャリアを製造するために必要となるエネルギーも考えなくてはなりません。

例えば、第2話の最後で触れたように、肥料や化学製品の製造に重要で、世界中で大量に生産されている「アンモニア(NH3)」が水素キャリアとして注目されています。しかし、アンモニアはその臭いや毒性だけでなく、その製造のために大量のエネルギーを必要とし、世界で消費されている総エネルギーの数%がアンモニアの製造に使われていると言われています。

したがって、アンモニアから水素を取り出す工程だけでなく、アンモニアの製造法も併せて改良してエネルギー効率を上げないと、水素供給エネルギー収支が成り立たないことになります。

第2話では、水から「水素を取り出すために研究が進められている事例」をいくつか紹介しました。「水(H2O)」は地球上に普遍的に存在し、生命の維持に欠くことのできない、安全で、環境に優しい無尽蔵な物質であり、わざわざ合成する必要もありません。また、取り出した水素は、酸素と反応してエネルギー(熱や電力)を放出すると同時に水に変換されるため、上記のメチルシクロヘキサンやアンモニアとは異なり、再び水素を貯蔵(エネルギーキャリアを合成)しなくても、使用後に自動的に水素キャリアに戻ってくれるのです。

さらに水は1立方メートル当たり111 kgの水素を含有しているため、比重が小さい液体水素1立方メートルの水素量71 kgを凌駕しています。水から効率良く水素を取り出す手法を実用化することで、安全で無尽蔵な資源である水を「水素キャリア」として利用できるようになります。

私達(岐阜薬科大学 薬品化学研究室)は、ステンレス製のボールミル容器にステンレスのボールと水を入れて高速で回転すると、水が分解して水素ガスが定量的に生成する(使った水がすべて水素ガスに変換する)事を発見しました。なおボールミルとは、家庭でなじみのある「コーヒーミル」と同様に、「物体を細かく粉砕する装置」で、金属やセラミック製のボールとともに回転、あるいは振動させて使用します(ボールミルを製造販売している会社のホームページに動画が掲載されています。ご参照下さい:フリッチュ・ジャパン株式会社)。

ボールミルを利用して水から水素を製造する
ボールミル装置:ステンレスのボールが入った容器に水を入れて機械にセットして回転(遊園地のコーヒーカップのように自転と公転を繰り返しします)

反応の完了、すなわち、水の完全分解による水素への定量的な変換に要する時間はボールミルの回転数に依存します。1,100 rpm(1分間に1,100回転)だと約15分で完結し、その時の温度は約100 ℃です。また、800 rpmでは約45分で反応が完結しますが、容器内温度は約60 ℃程度までしか上昇しません。従って、第2話で紹介した、水の熱分解や電気分解反応と比較すると、だいぶ温和な条件で水が分解され、水素ガスを定量的に取り出すことができます。

水素発生のメカニズム

この反応では、ステンレスを構成している金属(ステンレスは鉄、クロム、ニッケルを主成分とする合金です)によって反応が加速されると同時に、ボールミルの回転で生じるステンレス同士の衝突、摩擦などの機械的(メカノ)エネルギーにより効率良く水素が生成します。

この際、水素の発生に伴って副生する酸素(O2)は、水素と爆発的に反応して水に変換されるため、ボールミル容器中に共存すると危険です(ボールミル容器が爆弾になってしまいます)。酸素は安全性を考慮すると、当然除去しなくてはならない成分ですが(水の熱分解や電気分解反応でも同じです)、幸いなことに、ステンレスを構成する金属が酸素と反応して、金属酸化物(主として酸化鉄)に変換される事で、水(H2O)を構成している酸素が除去されるため、酸素ガス(O2)は全く検出されません(反応開始時に容器内に存在する空気中の酸素も、同様に除去されることが判っています)。このおかげで、反応容器中で水素と酸素が共存することのない、安全なシステムが構築されるのです。

ステンレスボールの衝突(摩擦)で発生する熱エネルギーの再利用や、酸化鉄(純度の高い鉄鉱石とみなすことができます)の再利用などを考える必要はありますが、「水から水素を取り出す」ことに限定すると、エネルギー効率の高い、新しい方法として期待されます。

また、ステンレス製ボールミル容器中に、水とともに還元(水素付加)反応を受けやすい有機化合物を共存させて回転すると、水から発生した水素による有機化合物の還元反応が効率良く進行して、別の物質に誘導できる事も明らかになっています。

つまり、普通は安定な生命の源となる水が、ボールミル容器中では反応性の高い「還元反応剤」として作用するのです。この水を還元反応剤とした有機合成反応は、「安全な水」を使用するといった利点を生かして、環境に優しい製造方法として実用化が期待されます。

水が還元反応剤として作用する:水で有機化合物を還元することができます!

これらの反応の進行には、メカノ(衝突)エネルギーに加えて、ステンレス合金中の金属(鉄、ニッケル、クロム)が重要ですが、これまでの研究の成果として、「水素発生にはクロム」、「還元反応にはニッケル」、そして、水素の発生に伴い副生する「酸素のトラップには鉄」が重要な役割を果たしている事も明らかになっています。

水から製造した水素は、燃焼後再び水に酸化されるので、はまさに「究極の循環型燃料」です。私達のプロジェクトはまだ開発途上にありますが、ある程度の速度で回転する動力や軸があれば容易に水素を製造することができるので、水力発電のタービンなど、再生可能エネルギーを使用した回転エネルギーの利用が実現すれば、効率的な水素製造技術の一つとして、次世代エネルギー、すなわち、将来の水素社会に貢献することも可能であると考えています。

岐阜薬科大学 薬品化学研究室の次世代エネルギープロジェクトを支えるメンバー

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ところで、「二酸化炭素の回収・貯蔵(carbon dioxide capture and storage, CCS)」技術という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?二酸化炭素の年間排出量を削減するために、二酸化炭素を回収・精製して、地下1,000〜3,000 mの帯水層(水分が豊富な砂岩層、原油や天然ガス採掘後の地層など)に、圧力(エネルギー)をかけて封じ込める技術です。

もちろん、火力発電所や工場から大量に排出される「二酸化炭素リッチな排気ガス」には、様々な燃焼ガスや大気中の窒素などが含まれているため、封じ込めの前に、化学薬品や熱を使って、純度の高い二酸化炭素に精製しなくてはならないので、コストがかさむこととなります。また、地下に圧入した二酸化炭素は、長い年月をかけて砂岩を構成するカルシウムやマグネシウムと塩を作り、炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムとして固定化されると言われています。

経済産業省は「二酸化炭素地中貯留技術研究開発中間評価報告書」を公表するなど透明化に努めていますが、処理コストがかかるだけでなく、貯蔵された二酸化炭素の運命や、地層への影響、地震などの地殻変動による影響など不明な点も多いのです。

それでは、大気中の二酸化炭素を「メタンガスなどの燃料」に簡単に変換できたらどうでしょうか?

例えば、広島大学の小島教授、市川教授、宮岡准教授のグループは、金属水素化物(特に水素化リチウム)を二酸化炭素とともにボールミルで処理をすると、変換率はあまり高くありませんが、メタンと水素が生成することを報告しています。

また、富山大学の阿部教授はJAXAとの共同研究で、ルテニウム(Ru)という金属の微粒子(ナノパーティクル)と水素を150 ℃で二酸化炭素と反応すると定量的にメタンが生成することを発表しました。

さらに最近では、米国オークリッジ国立研究所のグループが、銅の微粒子(ナノパーティクル)を電極触媒として通電すると、二酸化炭素が効率良くエタノールに変換されることを論文発表するなど(Chemistry Select, 2016, 1, 6055-6061;日本語の解説もあります)、二酸化炭素の燃料化に関する研究も活発になってきました。

終わりに
当研究室で進めている次世代エネルギープロジェクトに関する研究は、それぞれ、一般財団法人 キヤノン財団研究助成プログラム「産業基盤の創製」、独立行政法人 日本学術振興会の「科学研究費」や趣旨にご賛同いただいた企業との共同研究として推進しています。なお最近、新聞報道もしていただくなど(http://www.gifu-pu.ac.jp/awards/2017/01/16/10561/及びhttp://www.gifu-pu.ac.jp/awards/2017/03/16/11307/)、徐々に認知されるようになって参りました。

今回のコラムで紹介した、「ボールミルを利用して水から水素を取り出す反応」は、アメリカ化学会と、ヨーロッパ16ヶ国の化学会の連合体がそれぞれ出版する、権威ある学術雑誌編集部による厳しい査読(審査)を受け、この分野を専門とする複数の審査員からの指摘・指示・改訂を経て、「ACS Sustainable Chem. Eng. 2015, 3, 683-689」と「ChemSusChem 2015, 8, 3773-3776」に掲載されています。すなわち、その学術的な根拠も証明されているのです

にもかかわらず、「回転エネルギーとステンレス成分の作用のみで水から容易に水素を取り出せる」事実は、これまでの常識の範疇では理解しにくく、既存の方法から外れるため、一般にはなかなか理解していただけないのも事実です。しかし、第1話、第2話でも説明した通り、次世代エネルギーや地球温暖化対策は、すでに一刻の猶予もない重要課題です。

したがって、様々な研究機関から一つでも多くの成果が提案され、広範なバリエーションの中から有効性や実用性を検証した上で、より良い技術に集約していくといった作業が、これからのイノベーションには不可欠なのです。ブレークスルーを誘発するような技術革新を起こさなければ「水素社会の実現」や「将来の地球環境保全」からは程遠く、パリ協定の『今世紀後半に温室効果ガスの排出を実質ゼロにする』とする目標は絵に描いた餅になってしまいます。

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