飲酒で顔が急に赤くなる人は「発癌リスク」が高い(2)フラッシャーと食道癌 2018/4/20

春酣とはいえ、肌寒い日と初夏の暑さを感じさせる日が交互にやってきて、お身体の調整がままならない方も多いかも知れません。季節柄、健康には充分気を付けたいものです。

前回(「飲酒で顔が急に赤くなる人は「発癌リスク」が高い(1)アルコールフラッシング反応」)、遺伝的要因で2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の活性が低い人(ND型やDD型の遺伝子を持つ人)は、ビール一杯でも急激に紅潮したり、心臓が激しく鼓動したりするなどのアルコールフラッシング現象を示すこと、またこのような遺伝的性質は日本人などのモンゴロイド特有のもので、国内では中部地方の人々に多く見られることをお話ししました。今回は、フラッシャーの飲酒による発癌リスクついてお話ししたいと思います。

図3は、アルコールフラッシャーとそうでない人(NN型の遺伝子を持ち、アルデヒドを酢酸に容易に変換することができる酒豪タイプの人)の飲酒量と食道癌罹患に関する研究結果を示したグラフです。例えば、アルコール消費量が1週間に100 gの人(図3のアルコール消費量が低に分類)、300 gの人(中に分類)、500 g(高に分類)は、ビール大瓶に大雑把に換算するとそれぞれ1日当たり半分、1.5本、3本弱位となります。

つまり、グラフは、遺伝的要因でALDH2の活性が低いフラッシャーの食道癌に罹患する危険性が飲酒量に依存して指数関数的に高くなることを示しています。この研究の基になっている国内の研究班の報告でも、遺伝的にALDH2の活性が低い人の食道癌になり易さは、活性が強い人に比べ、1日の飲酒量が1.5合以下で6倍、1.5〜3合だと61倍、3合以上だと93倍に跳ね上がることが示されています。

図3 アルコールフラッシャーと非アルコールフラッシャーのアルコール消費量と食道癌に対するオッズ比の関係(P. J. Brooks, M. A. Enoch, D. Goldman, T. K. Li, A. Yokoyama, PLoS Med., 6, 0258-0263 (2009)の図5より引用)アルコール消費量は、低(エタノール量が22−200 g/週)、中(200−400 g/週)、高(400 g以上/週)である。オッズ比は、ある疾患などへの罹りやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度である。オッズ比1はある疾患への罹りやすさが両群で同じであることを示し、1より大きいことは疾患への罹りやすさがある群でより高いことを意味する。

さて、これまでの話でお分かりいただけるように、アルコールフラッシャーの発癌リスクが過量のアルコール摂取より上昇することは、アルコールそのものが原因ではなく、ALDH2の活性が低いがために蓄積するアセトアルデヒドによるものです。このメカニズムを科学的に解説します。

DNAは、私たちの遺伝情報の継承と発現を担う生体高分子です。核酸塩基といわれるアデニン、グアニン、シトシン、チミンの四種の化合物が、アデニンとチミン、シトシンとグアニン間の水素結合を介して互いにペアとなり、他の構成成分(糖とリン酸)との結合によって、図4の(a)のような相補的な二重らせん構造をしています。二本鎖の内、片方を保存用に、もう片方を遺伝情報の伝達に利用しています。したがって、塩基の配列こそが遺伝情報として重要となります。

しかし、DNAがアセトアルデヒドに暴露されると、核酸塩基の内、グアニンと反応してエチル化されたグアニンやサイクリックプロパノ付加体などの損傷グアニンを生成することが知られています。正常なグアニンとアセトアルデヒドとの反応によって生成した損傷グアニンの構造を図4の(b)〜(d)に示しました。こうなると正確に遺伝情報が伝達されず、DNAのミスコードを誘発して発癌の原因となります。このような損傷グアニンは、飲酒に起因するアセトアルデヒドのみならず、排気ガスやたばこの煙、魚や肉の燃焼によって生じるクロトンアルデヒドによっても生成することが知られています。

図4 DNAの二重らせん構造の模式図(a)、核酸塩基であるグアニン(b)とそのアセトアルデヒドとの反応によって生成するグアニンのエチル化体(c)およびサイクリックプロパノ付加体(d)の化学構造

実は、私たちのDNAは、飲酒のみならず紫外線や環境中の化学物質などにより頻繁に損傷を受けています。しかし、私たちは巧妙にDNAを修復する機能をもっているため、DNAの損傷イコール発癌ということにはなりません。

しかし、ND型の遺伝子を持つ人(ALDH2の活性が低いフラッシャー)は、DD型遺伝子をもついわゆる下戸に比べれば、少なからずお酒を飲むことが可能です。フラッシング反応は、当初不快感を伴うことが多いため、フラッシャーは飲酒を控える傾向にありますが、長年飲んでいると別の代謝経路が鍛えられて不快にならずに飲酒できるようになってきます。その結果、フラッシャーでも飲酒をする習慣の人が多くおられ、これらの人々にとって過度の飲酒は食道癌や咽頭癌の重要なリスク因子となってしまうことに気を付けなくてはいけません。アルコールフラッシャーの方は、過度の飲酒を避け、健康な生活習慣を身に付けたいものです。

ところで、今回のお話しは、NN型遺伝子を持ついわゆるお酒の強い人は癌になり難いので、過度の飲酒でも問題ないことを言っているわけではありません。元々、お酒は私たちの体に対してさまざまな作用をしますが、これらはお酒の成分である「アルコール」が原因です。いわゆる酔った状態は、アルコールの麻酔作用によって脳を麻痺させるからです。酔いの程度は、脳内のアルコール濃度によって決まり、過量の飲酒は身体的にも心理的にも、場合によっては社会的にも悪影響を及ぼすことになってしまいます。上戸の方にもくれぐれも適量の飲酒をお勧めします。

宇野文二 岐阜薬科大学機能分子学大講座薬品分析化学研究室・教授 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科創薬専攻・教授(併)・研究科長補佐

昭和58年 岐阜薬科大学大学院修了。同年から岐阜薬科大学薬品分析化学研究室において有機電気化学の分子化学への応用を研究テーマにして、機能性分子創製と分子解析、協奏的なプトロン−電子移動反応を基礎とする生理活性に関する研究、高速液体クロマトグラフィー−質量分析計測システムの生命科学研究、臨床化学研究への応用、生体機能物質や環境汚染物質の超高感度蛍光および電気化学検出法の開発などを行なっています。分析化学は薬学などの生命科学の土台を支える重要な学問であることを意識し、基礎を意識した教育と研究に心掛けています。そんな基礎分野の視点に立って健康に役立つかもしれないお話しを書きたいと思います。

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