飲酒で顔が急に赤くなる人は「発癌リスク」が高い(3)節度ある飲酒の勧め 2018/5/1

飲酒で顔が急に赤くなる人の発癌リスクについてお話ししてきました。結論として、「節度ある飲酒の勧め」でまとめたいと思います。

■前回記事
飲酒で顔が急に赤くなる人は「発癌リスク」が高い(1)アルコールフラッシング反応
飲酒で顔が急に赤くなる人は「発癌リスク」が高い(2)フラッシャーと食道癌

国立がん研究センターの研究班による「科学的根拠に基づく発がん性・がん予防効果の評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」のなかで、日本人のためのがん予防法(2017年8月改訂版)として、「禁煙、節度ある飲酒、バランスのよい食事、活動的な日常生活、適正な体形など」が提言されています。これって、生活習慣病予防、またかという印象ですね。結局、ガン予防も生活習慣の改善からということでしょう。

余談ですが、ひらがなの「がん」は悪性腫瘍全体を示すときに、肺癌や胃癌のような上皮細胞から発生するがんに限定するときは「癌」を用いることが多いようです。国立がん研究センターは「がん」を、本稿では「癌」を用いています。

これまでお話ししてきたように、お酒の強さは、先天的な体質つまり遺伝的要因が大きく影響します。お酒に弱いND型の遺伝子を持つ人(ALDH2の活性が低いフラッシャー)やDD型遺伝子をもついわゆる下戸と呼ばれる人々は、過度の飲酒によって自身のDNAをアセトアルデヒドに暴露することになり、食道癌などのリスクが極めて高くなることを理解して頂けたでしょうか。お酒に弱い人に飲酒を強要することや、弱い人が飲んで鍛えるなんてとんでもない話ですよね。多くの場合、日本人の飲酒によって紅潮した顔は、酔いを意味しているわけではありません。アジアンフラッシュはアセトアルデヒドに対する拒絶反応の一環で、体は脅威を感じているのです。上戸も下戸も節度ある飲酒に努めましょう。

さて、最後に専門的な話で恐縮ですが、フラッシャーの発癌リスクに関係する研究を紹介したいと思います。

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私たちの研究室は薬品分析化学という看板を掲げ、「何(薬や生体成分などの化学物質)が、どこに、どれだけ、どのような状態で存在するか」を測定する方法の開発やその基礎となる化学、また測定した結果を薬学に応用する研究を行っています。まず、分析化学の領域で用いられる最近の進歩著しい方法として、液体クロマトグラフィー(Liquid chromatography: LC)−質量分析(Mass spectrometry: MS)法、通称LC−MS法について解説します。

分析化学の基本は、ある試料に含まれる物質を成分ごとに分けて、その量を測定することです。試料中の物質を分ける方法として、20世紀初期にロシアの植物学者Tswettが発明したクロマトグラフィーがあります。Tswettは図5に示すような炭酸カルシウムを詰めた管の上部に植物から抽出した色素(混合物)を置き、そこに石油エーテルという溶媒を流すと、混合物中の各成分が炭酸カルシウムに対する吸着力の違いによって分離し、色素の色の帯となって現れることを発見しました。この分離方法はギリシャ語のクロマト(色)、グラフ(記録)という単語をつなぎ合わせて、クロマトグラフィーと名付けられました。

図5  Tswettが発明した植物色素のクロマトグラフィー

LCはクロマトグラフィーの一種で、混合物である試料を高精度に短時間で分離する技術です。図6(A)に示すように、ポンプで送液される溶離液とよばれる液体(図5の石油エーテルに相当)の流れにのって、試料入口から注入された混合物試料がカラムとよばれる管の中で充填された物質(図2の炭酸カルシウムに対応)と相互作用しながら移動します。このとき、試料中の各成分とカラム内の物質との相互作用は異なるため、図6(B)の拡大図に示すように、弱く相互作用する成分(@)は溶離液の流れにのって速く移動し、強く相互作用する成分(D)はゆっくりと移動します。したがって、@→A→B→C→Dの順に検出器に到達して検知され、図6(C)に示すクロマトグラムという検出ピークのグラフを得ることができます。そして、そのピークの高さを利用してそれぞれの成分を定量することができるというわけです。

図6 液体クロマトグラフィー装置の概略(A)、(A)の赤点線部分を拡大した混合試料の分離を示す模式図(B)、検出器で測定された検出ピークを示すクロマトグラム(C)

では、検出はどのようにされるのでしょうか。例えば、青色の光を発する物質は光を測定する検出器を用いればよいわけです。しかし、青色の光を出さない物質は検出されないので、測定することはできません。したがって、測定したい物質の特性に合わせた検出法を用いなければならず、LCで分離しても性質の異なる成分を同時に測定することは困難となります。

例えば、尿は90%以上が水でできていますが、尿中にはなんと数千種類の物質が存在しています。これらを同時に測定するなんて無理な話です。この問題を解決した検出法がMSというわけです。MSは物質の分子量(分子6×10^23個当たりの質量)を測定する方法で、詳細は割愛しますが、原理的には全ての物質を検出することが出来ます。LCの検出法にMSが用いられるようになり、その用途が飛躍的に広がり、またその結果これまでの化学の考え方が一変したといっても過言ではありません。これまでのLC分析法は、目的物質を絞ってそれを分離して測定していましたが、LC−MS法によって混合物中の物質を片っ端から網羅的に分析することが可能となりました。

どう変わったか、一例を示します。つい最近、尿を用いたがん診断の実証試験が開始されたというニュースをお聞きになった方も多いと思います。近い将来、がん診断が尿検査できる可能性が高いというわけです。 LC−MS法を用いて、正常人と癌患者の尿中の約2000種の代謝物を網羅的に高精度に測定します。両者の尿中代謝物の違いを統計的処理と機械学習を用いて解析(ビックデータ解析といわれる)し、癌患者を特徴付ける代謝物のパターンを絞り込み、診断に利用するというものです。

その中には、これまで癌との関係が重要視されていない代謝物や全く未知のものも含まれているかも知れません。したがって、測定結果は、癌を特徴づける尿中代謝物の診療情報や代謝経路解析などの生化学的な観点の新しい研究に拡張されるでしょう。このようにLC−MS法だからできる網羅的分析とその解析によって、全く新しい診断法が開発され、さらに新しい学問分野の開拓につながる可能性もあるのです。

脱線が過ぎましたが、フラッシャーの発癌予防についての研究で、話しを締めたいと思います。DNAを構成するグアニン塩基は最も化学的損傷を受けやすく、図7に示す損傷体をはじめとする多数の損傷体があることが知られています。これまで説明してきた飲酒によるものや活性酸素によるものなど原因は様々です。血液を試料としてDNA中の損傷DNAをLC−MS法で網羅的に、精度よく同時分析することにより、正常人と癌患者の血液中に存在する損傷塩基の濃度とパターンを解析します。

その結果は、食道癌をはじめとする各種の発癌リスクの指標として癌予防に活用しようと考えています。現在、私の研究室の江坂准教授の研究グループがこの課題に取り組んでいます。LC−MS法といえども数億個に1個の割合でしか存在しないDNA損傷体を精度よく測定することは容易ではありませんが、今後の研究成果に期待して頂ければと思います。

図7 正常グアニンと損傷グアニンの代表例。エチル化グアニンやグアニンサイクリックプロパノ付加体は飲酒など起因するアセトアルデヒドにより生成。また、8-オキソグアニンは呼吸、喫煙、放射線などによる生成する活性酸素により、6-O-メチルグアニンは内在性、食品などによるニトロソアミンによって生成する。

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白人などに見られるように,遺伝学的にはお酒を飲めない人種は存在しなかったそうで、アジアンフラッシュといわれるように、お酒に弱い人々の存在は黄色人種の特徴です。つい最近の研究(理化学研究所など)によると、お酒に弱いフラッシャーや下戸とよばれる人々がもつND型やDD型遺伝子はお酒の弱い人が増えるように過去100世代ほどかけて「進化」した証であることが,日本人の遺伝子解析から分かるそうです。つまり、アルコールに弱い体質が何らかの理由で環境への適応に有利に働いたと考えられています。

お酒に弱いことが日本人にとってなぜ有利だったのかは分かっていませんが、長い進化の過程で色々な病気にならないようにするなど、種を保存するためにアルコールを飲めない下戸ができたのかも知れません。だとすれば、私たち日本人は節度ある飲酒に努め、長い進化の過程で得た遺伝子を次世代に引き継がなくてはならないことになります。遺伝学的にも節度ある飲酒をお勧めします。

宇野文二 岐阜薬科大学機能分子学大講座薬品分析化学研究室・教授 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科創薬専攻・教授(併)・研究科長補佐

昭和58年 岐阜薬科大学大学院修了。同年から岐阜薬科大学薬品分析化学研究室において有機電気化学の分子化学への応用を研究テーマにして、機能性分子創製と分子解析、協奏的なプトロン−電子移動反応を基礎とする生理活性に関する研究、高速液体クロマトグラフィー−質量分析計測システムの生命科学研究、臨床化学研究への応用、生体機能物質や環境汚染物質の超高感度蛍光および電気化学検出法の開発などを行なっています。分析化学は薬学などの生命科学の土台を支える重要な学問であることを意識し、基礎を意識した教育と研究に心掛けています。そんな基礎分野の視点に立って健康に役立つかもしれないお話しを書きたいと思います。

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