車の町トヨタの名鉄挙母線[1/2] 廃線跡探訪(5) 2019/6/13

かつて、岡崎と豊田を結ぶ名鉄線として挙母(ころも)線がありました。

挙母市は、昭和34(1959)年に豊田市と市名を変更しています。この点については、谷川彰英氏の「地名に隠された 名古屋の魅力」2012年11月6日付にも記されています。(なぜ、拳母市は豊田市に変わったのか?地名の由来と歴史

つまり、挙母線は岡崎と豊田を結ぶ鉄道線だったのです。

今回は、その廃線跡を訪ねてみましょう。

岡崎側の起点に近いところに残る廃線跡と、社紋が刻まれた境界標(左)

挙母線の電車は、岡崎市街地の北に位置する大樹寺駅から発車していました。大樹寺は松平家・徳川将軍家の菩提寺として知られる古刹で、徳川家康が桶狭間の戦いのあと再起を誓った寺院としても知られています。同寺から駅跡までは約600メートルありますが、岡崎城から北へ約3キロの地ですので、最寄り駅として名付けられたのでしょう。いまは名鉄バスの大樹寺バスターミナルとなっています。

同バスターミナルの西端あたりにホームがあり、そこから北へと線路が延びていました。その廃線跡は500メートルほど、いまも痕跡が残っています。ただし、私有地だったり立ち入り禁止の区間があったりするので、実際に歩けるのは北側の200メートルほどです。

その様子が上の写真です。住宅地の遊歩道としては舗装部分だけでも広めなのに、さらに両端に草地があります。その草地をみていくと、名鉄の社紋が刻まれた石製の境界標(写真左)もあり、ここが廃線跡であることが確認できます。

下の画像は、大樹寺〜上挙母間の廃線跡をいまの地図に記したものです。右下に大樹寺駅跡がありますが、そのすぐ上の@が前記廃線跡です。

赤線で示した名鉄挙母線の路線図。2分割して、北側を左、南側を右に並べた。

ところで挙母線は、大樹寺のひとつ岡崎市内側に500メートルのところある岡崎井田が起点でした。ところが、路面電車の岡崎市内線が岡崎井田の先にある大樹寺まで乗り入れ、挙母線への乗換駅は大樹寺でした。

その岡崎井田〜大樹寺間の廃線跡は、大樹寺駅跡の南側、県道26号線を超えたところで南南東に向かっている道です。

挙母線は大正13(1924)年に岡崎電気軌道が岡崎側を開業させたところからはじまります。岡崎電気軌道が三河鉄道に吸収合併された後となる昭和4年に、上挙母まで全通しています。

挙母市がトヨタ自動車を誘致し、本社工場が操業を開始する前年となる昭和12年に、三河豊田を新設しました。戦後となり、挙母市が豊田市となった昭和34年には、三河豊田をトヨタ自動車前に駅名変更しています。

一方、国鉄が昭和5年から日本初の国鉄バス(当時は省営バス)として運行していた岡崎〜多治見間を、いよいよ岡多線として建設することになりました。そこで、ほぼ全線で並行している名鉄挙母線は、昭和48(1973)年3月4日に廃止されました。それから間もなく半世紀が経とうとしています。

いまも残るコンクリート製橋台。夏場は緑に覆われて見づらくなる

@の先もところどころで廃線跡の様子が伺えますが、分かりづらいところが多くあります。そのなかで、これぞ廃線跡とわかるのが、地図中Aにあるコンクリート製橋台です。

比較的平坦な路線だけに、川もないのにいきなり橋台がでてきて驚きます。ここから北に高台があるために、徐々に高度を上げてきて、ここで交差する道路を高架で越えていたようです。

この橋台についてより詳しく見てみたいところですが、一帯の廃線跡は私有地となっているため、残念ながら道路から見上げるしかありませんでした。また、道路の反対側にあったはずの橋台も解体されたようで見当たりません。

ここに行ったのは今年3月中旬でしたので、ご覧の通りまだ木々の枝葉は茶色く、青葉は限られているため、これだけ全体が見られました。しかし、夏場は緑に覆われるため、これほどはっきりとは見えないものと思います。

短いながら、いまだに現役の橋梁。

先の橋台からわずか250メートルで、この廃線跡のハイライトといえる現役の橋梁に出ます。

上の写真のとおり小さな橋梁ですが、左右のコンクリート製橋台が上路式プレートガーダーをしっかり受け止めています。写真左手にはきれいな形をした築堤も残っています。挙母線で唯一といってよい、鉄道現役時代に使われていて、いまも現役を続けている建造物です。

橋梁上に白いガードレールが写っていますが、ガーダー上部にはコンクリート板が並べられて前後の廃線跡をつなぎ、道路となっているのです。

短い距離ながらここだけこのように現役時代の様子をそのまま止めていることが不思議に思えたのですが、橋の右手まで行ってわかりました。すぐ先に岡崎市立細川小学校があり、ここが通学路となっているのです。

小学校から真っ直ぐにくるとこの廃線跡と直交するのですが、その角には踏切の防護柵だったのか、コンクリート塊内に古レールが埋もれているものがいくつか転がっていました。


これで、岡崎市内の廃線跡の見どころはお終いです。

次回は、豊田市内の廃線跡の様子を紹介します。

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(有)鉄道フォーラム 代表取締役

1958年愛知県犬山市生まれ。大学卒業後に10年のサラリーマン生活を経て、当時話題だったパソコン通信NIFTY-Serveで鉄道フォーラムの運営をするために脱サラ。1998年に(有)鉄道フォーラムを設立。2007年にニフティ(株)がフォーラムサービスから撤退した際に、独自サーバを立ち上げて鉄道フォーラムのサービスを継続中。

一方、鉄道写真の撮影や執筆なども行い、「日本の“珍々”踏切」(2005.2 東邦出版刊)、「鉄道名所の事典」(2012.12 東京堂出版刊)、「トワイライトエクスプレス」食堂車ダイナープレヤデスの輝き−栄光の軌跡と最終列車の記録−(2015.9 創元社刊)など著書多数。

当「達人に訊け!」をまとめた書「東海鉄人散歩」(2018.7)が、中日新聞社から刊行された。

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