登山を健康に楽しむために注意すること 2019/8/10

忠別岳1963m(北海道)

 明日8月11日は「山の日」です。山の日は2016年に新設された新しい祝日で、祝日法という法律では「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する日」と定義されています。1990年ごろからの登山ブームでは、多くの人が登山を楽しむようになり、街の登山用品店にはいつも人があふれています。

 さて、人はなぜ山に登るのでしょうか。生活の糧を得るために動植物を採取したり、信仰のため、あるいは地理調査などのために山に登ることは古来から行われてきました。しかし、登山そのものを楽しむためのいわゆる近代登山は、我が国では、ウィリアム・ゴーランドやウォルター・ウェストンなどの欧米人が日本の山々を登り日本アルプスを世界に紹介した明治時代からとされています。近年では、学校教育にも登山が取り入れられ、国体や高校総体においても登山競技があります。

キナバル山4095m(マレーシア)

 現在は、地域の里山から日本アルプスの難ルートに至るまで、多くの人が山を楽しんでいます。登山は、長時間の有酸素運動であり、健康のためやダイエットのため始めた方も多いと思います。しかし、長時間にわたり高所を歩く登山では、ときに、健康に影響を及ぼすこともあります。

 標高が高くなると気圧が下がり酸素も少なくなります。ヒトの体は標高の高いところでは、その環境に順応しようとして様々な変化を起こします。しかし、その環境の変化に適応できず頭痛などの急性高山病を発症することがあります。急性高山病の症状として、頭痛はほぼ必ず起こります。また、食欲不振、吐き気、嘔吐、めまい、睡眠障害などを伴うことがあります。急性高山病は通常2500m以上の高地で発症しますが、それ以下の高度でも類似の症状を示すことがあります。多くは高地環境に順応して軽快しますが、一部の方は、高地脳浮腫、高地肺水腫といった致死的な病態に進展することもあるので注意が必要です。

奥穂高岳3190m(岐阜・長野)

 急性高山病の発症には個人差があり、体重が重い人、若い人、運動不足、喫煙者、アルコール摂取、睡眠薬の使用などが危険因子として知られており、遺伝的な要因も報告されています。

 そして、急性高山病には予防法があります。それは、ゆっくり登ることです。例えば、2800mを超える高度に1日で登高する場合、高山病のリスクは高くなります。つまり、夜行バスで上高地に到着し、その日のうちに頑張って穂高に登り、稜線の山小屋に着いてビールで乾杯などすると、高山病を発症するリスクはかなり高くなるのです。ゆっくり登る、アルコールは控えめにする、睡眠薬は使わない、など高山病のリスクを減らすことが大切です。

 また、高山病の予防薬としていくつかの薬剤があります。ある程度のエビデンスがある薬として、アセタゾラミド(商品名ダイアモックス)があります。この薬を登山の前日から服用することで高地に順応しやすくなります。この薬は医師の診察・処方が必要な薬で、保険証が使えませんので全額自費となります。処方してもらえる病院は、日本旅行医学会のWEBサイトなどで確認できます。副作用もありますので、知り合いにもらったりせず、必ず専門家の指示のもと使用するようにしましょう。

岐阜大学・奥穂高岳診療所(白出のコル2988m、岐阜・長野)

 もし登山中に体調が悪くなったらどうしよう、と考える方は多いと思います。山の中には病院も薬局もありません。しかし、北アルプス全域と北岳、白山、富士山には山岳診療所が設置されています。例えば、奥穂高岳には岐阜大学医学部の診療所が穂高岳山荘に併設されています。夏山シーズン中は、医師、看護師、薬剤師や学生がボランティアで常駐し登山者の診療にあたっています。

 山で体調が悪くなった時は、近くに山岳診療所があれば、相談してみるのもよいでしょう。山岳診療所では保険証は使用できませんが、多くの診療所は無料で寄付金をお願いするという場合が多いです(価格表がある場合もあります)。山岳診療所には必要最小限の医薬品しかありません。持病のある方は登山をすることについて主治医とよく相談してください。普段から薬を飲んでいる方は、下山までに必要な薬は持参し、お薬手帳も携帯しましょう。

太郎平2331mから薬師沢方面へ(富山)

 登山は、都会の喧騒から離れ、五感で自然を感じ、壮大な景色や季節の変化を楽しむことができる素晴らしい文化的活動です。しかし、登山は高山病以外にも、熱中症や脱水、虫刺され、転倒や滑落によるケガなどリスクと隣り合わせです。十分な準備をしてリスクを減らし登山を楽しみましょう。筆者も来週は奥穂高岳診療所にスタッフとして参加いたします。

林秀樹  岐阜薬科大学 実践薬学大講座 実践社会薬学研究室 准教授

平成8年 名城大学薬学部卒業、平成10年 静岡県立大学大学院薬学研究科修士課程修了、平成20年博士(薬学)取得。平成10年より岐阜大学医学部附属病院薬剤師、平成17年より静岡県立大学薬学部講師、平成26年より現職。

臨床薬物動態学および薬理遺伝学研究に従事。医薬品の効果や副作用の個人差の原因を解明する臨床研究を行っている。

平成23年東日本大震災、平成28年熊本地震において薬剤師として被災地支援に従事。平成27年バヌアツ共和国サイクロン被害に対する国際緊急援助隊医療チームに薬剤師として参加。

日本医療薬学会指導薬剤師、日本臨床薬理学会指導薬剤師、日本災害医学会災害医療認定薬剤師、日本臨床薬理学会評議員、日本医薬品安全性学会評議員、日本災害医学会評議員、日本災害医療薬剤師学会理事、静岡県立大学薬学部客員准教授、岐阜大学医学部非常勤講師、朝日大学保健医療学部非常勤講師。

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