この先の中国経済はどうなるのだろうか?(9)―米中貿易戦争と貿易収支の罠― 2019/9/11

米中の関税報復合戦はとどまるところを知らないようです。今日9月1日は日曜日ですが、アメリカが、第4弾となる1,200憶ドルの中国からの輸入品に対して15%の追加関税を発動したのですが、中国は8月23日に、すでにアメリカからの輸入品5,078品目、金額にして750憶ドルに5〜10%の追加関税をかけ、9月1日と12月15日に実施する報復追加関税措置を発表していました。

ですから中国も同日、5,078品目のうち1,717品目(内訳は、10%が916品目、5%が801品目)の追加関税の発動を行ったのです。10%追加関税された品目は黄大豆以外の大豆、生鮮・冷凍魚介類、カラーモニターなどの工業製品など広範囲です。また5%追加関税品目は黄大豆、ヨーグルト、黄卵、50s以上の豚、硫酸ナトリウムなどの化学材料、医療薬剤などが含まれます。
このニュースは、それぞれのホームページでみることができます、アメリカはUSTR、中国の第一報は財政部もしくは国務院関税税則委員会です。

 29日、国務院関税税則委員会事務室は記者会見を開き、中国が行う追加関税はアメリカの追加関税措置が先行しており、仕方なく行うものであるとのニュアンスの説明をしています。中国の詳しい品目別の追加関税率と二回に分けて実施する品目は同事務室のホームページからダウンロードできます。アメリカの詳細な課税はUSTRでこれまた公開していますので、興味と時間のある方は試みるのもよいでしょう。

 いったい、この先どうなるのでしょうか?皆さんもご心配なことでしょう。
対中輸出の減少や停滞から業績の悪化を懸念する業界が出始めたこと、おまけに日韓関係がこじれにこじれ、収束の気配がまったく立ちそうもなく、観光や貿易にも実害が出始めてきたから、実体的にも心理的にも気が重くなってことも背景にありそうです。

日韓経済関係はわたしの専門外ですので、さておき、今回は米中貿易戦争が中国経済GDP成長鈍化にはほとんど根拠がないことをデータから確かめたいと思うのです。

わたしの結論は、このコラムでもたびたび主張してきたことですが、もともと中国経済は構造的に低成長軌道へ転換する時期にあったのですが、この時期がたまたまトランプの対中貿易戦争の宣戦布告と重なったがため、真実の中国経済がみえなくなったという内容でした。

中国経済が米中貿易戦争の影響をまったく受けていないとはいいません。しかし、データはその影響がほとんどなきに等しいものであることを正直に示しています。

まず、モノの貿易を示す図1(中国国家統計局データから作成)から米中貿易戦争が起こるまえの時期から最近までの月別の輸出入をみておきましょう。

図の青い折れ線は輸出入合計額、緑は輸出額、赤は輸入額、黒の縦棒は貿易収支額です。まず貿易収支ですが、毎年2月か3月に縮小もしくは赤字、逆に12月は大幅に増え、その間は増える傾向を持つということは米中貿易戦争が激しくなった時期、とくに2019年も最新の6月統計が出るまでほとんど変わりません。これは中国の春節などの季節性を反映しています。

2019年に入ってから輸出を中心とする貿易が減少する気配がみられますが、このために中国経済がとても悪化したという主張には無理があると思います。

そこで、図2(同)はGDP成長に経常収支がどのくらい貢献しているかをみたいと思います。

経常収支は貿易を含む財やサービスを主とする海外との取引結果であり、中国は、金額的・統計的には大きな黒字国家です。これがトランプが米中貿易戦争の原因にしたといえるほどの大きさです。

さてこの図は、GDP統計が四半期ごとに発表されるので、そうして時間を区切っています。図2から、GDPの成長に最大の貢献をしているのは緑色で示した最終消費、次いで赤色で示した資本形成です。経常収支もときどき大きな貢献をします。たとえば2019年度第一四半期(1−3月期:中国の年度は暦年です)は、資本形成を上回る貢献をしました。しかしこれは、例外といってもよいくらい珍しいことです。

経常収支のGDP成長に対する貢献は小さい、というのがデータから判断した結論です。しかし前述しましたが、経常収支は米中貿易戦争の原因であるモノの貿易だけでなく、海外旅行、貿易保険、投資収益などのサービス部門を含んでいますから要注意です。

図1と図2に対して、図3(中国海関局データから作成)は中国のモノの貿易だけに絞ったものです。

緑色は輸出入合計額、黒色は輸出額、赤色は輸入額、黒色の折れ線は貿易収支黒字額(右軸)です。

2018年と2019年の同じ月を比較したこの図から、貿易収支黒字額が2019年になって増えていることがお判りになるのではないでしょうか。増えてはいますが、貿易収支黒字額自体は、中国の莫大な貿易規模に比べ、ごくわずかなものでしかありません。今年は増えているとはいえ、わずかな貿易黒字額にすぎず、GDPの成長を左右するとはどうみてもいえることではありません。

この点を数字によって、やや詳しくみてみましょう。表をご覧ください。
第一四半期と第二四半期についての二か年分を示したものです。表の左端のデータは貿易黒字額のGDP成長に対する貢献率ですが、2019年になってわずかにウエートが上がっているとはいっても、その貢献率は最大3%程度のものでしかありません。

いいかえますと、増えたとか減ったとかいったところで、GDP成長に与える影響はごくわずかなものでしかないということなのです。

巷間でよく聴かれる「中国経済を悪化させているのは、米中戦争の結果、輸出が減ったためだ」というのは、ほとんど根拠がないことになります。では、なぜ貿易悪化が中国景気悪化に影響しているという心理現象を生むのでしょうか?

それはこの表の右から二番目にある「貿易のGDP貢献率」の大きさにあると思われます。このデータは年度を問わず30%少しを示しています。これはある時期の輸出入額が同時期のGDPの30%程度に相当することを意味します。データ自体はけっこう大きなものです。しかし、このデータは輸出入合計額ですから、取引の規模を示すにすぎません。

大事なのは取引額の合計ではなくて、貿易を通じて生まれる付加価値の規模、そしてそれがGDPの成長に貢献する比率なのです。いまみたとおり、その貢献率は3%と小さなものです。

中国の景気の動向があたかも米中貿易戦争が輸出の縮小をもたらし、その結果、景気が悪くなったと感じるのは名目の意味以外にないこの貿易額の大きさからではないでしょうか。そして世界一の貿易額を誇る中国についてのことですから、そう思うのも無理にないことかもしれませんが、これは完全な誤り、あるいは錯覚なのです。

貿易収支の罠には気を付けなくてはなりません。図4をご覧ください。この図は、貿易収支というのは国家の統計であり、貿易業者(輸出企業や輸入業者)の統計、いいかえると貿易業者の黒字や赤字を示すものではないということを示しています。

図の一番上の横棒を国家単位でみた輸出額としましょう。この輸出額は企業レベルのいわば販売額ですから費用と利益からできています。二番目の赤い横棒は輸入額です。輸入額は企業レベルのいわば仕入れ額ですから、この段階で、購入者(輸入業者)にとってはすべてが費用です。購入者はこの費用を使って、次の段階で利益を含んだ額である財を販売(輸出)することになります。

その結果、一番上の横棒の額(輸出額)から二番目の赤い横棒の額を引いた額が貿易収支の黒字額になります。この黒字は、経常収支に反映され、GDPに原則として全額プラスされます。

そして、三番目の黄色の横棒の額、つまり輸出額のうち費用部分と輸入額が一致するときのみにおいて、国家と企業の黒字額が一致するのです。国家統計と企業統計の内容が同じになります(ケース1)。

しかし、輸出総額が輸入総額を上回っていても、輸出額のうちの費用部分が最下段の横棒の額であった場合、国家統計上の黒字額は変わりませんが、輸出総額と輸入総額に変化がなくても、企業レベルでは黒字額の合計が国家レベルの貿易収支の黒字額より減ることが起こりうるのです。これが国家統計と民間レベルの統計に起こる不一致の実態なのです。

つまり、国家レベルの貿易黒字が企業レベルの貿易付加価値と同じとは限らないのです。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか?その答えは、統計上は輸出も輸入も同じ時間帯で起こりますが、少なくともその時間帯では、取引としてはお互いにはまったく無関係な独立したできごとだからです。

これを中国の貿易に置き換えてみますと、国家統計上の貿易黒字がいかに大きかろうと、貿易を通じて挙げた付加価値は国家レベルの貿易黒字どおりではない、ということがありうるということです。

したがって、いかに貿易黒字が大きいからといって、それがそのまま企業業績に当てはまるとか、あるいは逆に、国家レベルの貿易収支が赤字あるいは黒字幅が小さいからといって企業業績も同じとは限らないということです。

今回は、貿易を景気の良し悪しに使うにはよほどの注意が必要だという点、貿易収支の罠には注意しましょうというのが結論です。

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プロフィール

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愛知大学教授

専門分野/中国経済、とくに農村経済問題、中国食品安全問題など。

愛知大学名誉教授、愛知大学国際中国学研究センターフェロー

長年、中国各地の農村経済問題を中心とするフィールドワークに従事、毎年、合計すると2か月間は中国へ渡航。そのたびに増える名刺は省別にファイルしています。

中国へ行った際、必ず訪ねるところはスーパーの食品売り場です。その土地の経済やくらし、食文化などの断片を教えてくれる宝庫ですから。

豊富な資料と足を駆使して、変貌しつつある現代中国経済を正面から取り上げてまいります。

著書/『国際社会調査―中国・旅の調査学』『中国経済の構造転換と農業』『農民も土も水も悲惨な中国農業』『新型世界食料危機の時代』『中国社会の基層変化と日中関係の変容(共著)』『日中食品汚染』『デジタル食品の恐怖』『新次元の日中関係(編著)』『チャイナ・トリックス』など。

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