ヨーロッパに伝わったコーヒーとカフェのお話 Part.2 2019/12/17

昔のロンドンコーヒーハウス・・・・ 「山武の世界史」から抜粋

いつもありがとうございます。

前回、「日本のコーヒーは世界をリードしていて、私達日本人は世界で一番美味しいコーヒーを飲んでいる」と書いたら、多くの珈琲屋や珈琲関係の方々から「その通り!」との同意のメールやご連絡を頂きました。日本では今、インスタントコーヒーや缶コーヒーから手軽に飲めるレギュラーコーヒーに代わり始めましたが、まだまだ日本のコーヒーは高みに行く余地が沢山あると私は思っています。

コーヒーの魅力の多くは、カップコーヒーになるまでの過程にあるのです。

「コーヒーは飲む楽しみよりも、つくりだす楽しみの方多い」
「どこの家庭でも、新鮮な豆を挽いて淹れて飲む!
「煎りタテ、挽きタテ、淹れタテ」の「三つのタテ」

こんなコーヒー文化が理想ですね!


今回はイギリスとフランスに伝わったカフェのお話です。
@ イギリスのコーヒー・ハウス
コーヒーはもともとイスラム世界から発せられたもので、オスマン帝国(トルコ)の首都イスタンブールには早くからカフェ・カーネス(コーヒーの家)が開業し、喫茶店兼社交場としての機能を果たしていました。清教徒革命期の1650年には、イギリスで最初のコーヒーハウスが、ユダヤ人によりオックスフォードで開業されました。実は、1654年に開業したクイーンズ・レイン・コーヒー・ハウスは形を変えて、現在も営業を続けています。

近代市民社会が最も早く形成されたイギリス最初のコーヒーハウスは、1650年オックスフォードに作られた「ジェイコブス」です。その2年後に、アルメニア人のパスクァ・ロゼがロンドンにコーヒーハウスを開業して評判をとりました。その後、続々とコーヒーハウスが開店して、30年後にはロンドン市内だけでその数実に3000軒になったといわれています。

王政復古(1660年)、ロンドン大火(1666年)の時期を経て増加し、多くの客のたまり場となったコーヒーハウスは、酒を出さず、コーヒー、たばこを楽しみながら、新聞や雑誌を読んだり、客同士で政治談議や世間話をしたりして、近代市民社会を支える世論を形成する重要な空間となり、イギリス民主主義の基盤としても機能したといわれています。

これだけ急速に増えていったコーヒーハウスは、当時、社会でどんな役割を果たしたのでしょうか。世界の海運保険会社で有名な「ロイズ」がコーヒーショップに集まる業者のやりとりから保険会社になったように、カフェはさまざまな取引や密談の場所だったのです。

「住所を聞くより行きつけのコーヒーハウスを訪ねろ」と言われたほど市民生活に溶け込み、全盛を誇ったロンドンコーヒーハウスも、18世紀後半には次第に衰退に向かっていきます。常連たちがより閉鎖的な同質化した環境を求めて作ったクラブや、当時、カフェは女人禁制だったので、女性が楽しめるティーハウスにかわっていったのです。

1717年イギリスで最初のティー・ハウスであるゴールデン・ライアンズが開店し、その後、コーヒーに代わる飲料として、紅茶が市民女性たちも楽しめる、よりひらかれた「ラネラ」「ヴォクスホール」などのアトラクションつきのティーガーデンが続々と現れ人気になりました。19世紀にはいると、イギリスは紅茶(コーヒー貿易に乗り遅れたため)の国となり、人々の交流の場の中心はクラブやパブに移ってしまい、コーヒーハウスはほとんどが見なくなってしまいました。

フランスのカフェスタイル・・・ゴッホの「夜のカフェテラス」

A フランスのカフェ
・・・フランスでは 1675年パリに開業して、現存しているフランス最古のカフェ「カフェ・プロコップ」はいまでも開業しています・・・
パリでコーヒーが一躍注目を浴びるきっかけとなったのは、1669年のトルコ大使ソリマン・アガのパリ着任です。ソリマン・アガは、滞在中に宮廷貴族を招いて豪奢なコーヒー・サロンを催し、社交界の話題をさらいました。これ以降、コーヒーはパリの上流階級に定着していきました。一方1672年、アルメニア人パスカルがサン=ジェルマンの博覧会に仮設のカフェを出して評判をとるなど、上流階級へのあこがれもあり、一般市民の間でもコーヒーが徐々に認知されるようになりました。

1675年、初めてのカフェ「プロコップ」は、薄暗いキャバレの空間とは一線を画し、鏡、タペストリー、大理石のテーブル、シャンデリアを備え、華麗で豪華に飾り、パリの上流階級の話題を集め見事な成功をおさめたのです。この「プロコップ」が18〜19世紀を通じて、フランスのカフェの模範となり、同様の社会的機能を担っていたキャバレなどの居酒屋とカフェのすみ分け、つまり、キャバレ=下層の民衆と酩酊、カフェ=上流・知識階級と覚醒、という基本的図式が確定しました。そして、「理性の世紀」であるフランスの18世紀は、カフェの黄金時代となりました。

18世紀のカフェの多くは「プロコップ」のように豪華な内装で、飲み物はギルド(同業者組合・カフェ=リマナディエ)の規制でコーヒー等ソフトドリンクとアイスクリーム、リキュール類に限られ、ワイン・ビールそして食事も提供できませんでした。新聞・雑誌を置くほか、ビリヤード、カードなどのゲームを用意していましたが、特にチェスは人気が高く、チェスの名手はカフェの主役でした。 さらに18世紀後半になって、カフェが大衆化すると、音楽、寸劇、踊りなどのアトラクションで客寄せする店も現れました。

革命前夜の1788年には人口60万人のパリに1800軒のカフェがひしめいていました。この数字はもはやカフェが特権階級と知識人の黄金郷たりえないということをしめしています。メルシエは「パリの情景」の中で、この時代のカフェを「閑人の避難所であり、文無しどもの隠れ家である」と称しています。カフェは革命でも大きな役目を果たしました。

19世紀をむかえ、カフェは徐々に大衆化して日常的な慰安の場へと変質していきました。さらにギルドの制約が外れ、アルコール類や食事を自由に提供できるようになり、カフェ=上流・知識階級・覚醒のイメージは過去のものとなりつつありました。

こうした状況で、カフェは主に2つの方向へテリトリーを広げていきました。ひとつは再び高級化への方向をとったカフェ=レストランという業態で、18世紀後半に誕生したレストランと結びつき、洗練された料理を提供して、新たに支配階層となったブルジョワジーを顧客に取り込んでいきました。

もうひとつはワイン・ビールなどのアルコール類をとりこんだより大衆的なカフェで、キャバレなどの伝統的な酒場や、19世紀に登場するビストロなどの食事を提供する居酒屋と境界線ができたようです。

こうしてフランスのカフェは「プロコプ」を原型とする伝統的なタイプをコアに、需要の多様化に適応して、さまざまな形態に分化しながら、現在に至るまでフランスの社会生活に根を張り、文化の形成に大きな役割を果たしていま
す。

パリの典型的なカフェ
街路に面し、歩道にせり出してテーブルや椅子が置かれている。店内にはカウンターやテーブル席もある。一般的に、立ち飲みとカウンター席が最も安く、次に店内テーブル席となり、テラス席が一番高い(1物3価方式)。店のある場所やメニューによって違いがあるが、テラス席はカウンター席のおよそ2-3倍くらいと考えてよい。給仕は原則としてウェイターで、特に「ギャルソン」と呼ばれる。

カフェを頼むと、エスプレッソが出てくるため、日本でいう普通のコーヒーを注文する場合は、特に「カフェ・アロンジェ(Café allongé、直訳すると薄めたコーヒー)」と言って注文する必要がある。その他、ビール、ワイン、サンドイッチなどを置いている
基本的にパリのカフェには有名店以外クーラーがないため、盛夏時は比熱の関係で涼しい店内テーブル席やカウンター席に座る人が多い。冬はもちろん店内席の方が暖かい。有名店には、冬でもテラス席に座りたい人のために、テラス用屋外ヒーターを設置している店もある。トワレは地下にあるのが普通である。

ソーサ(皿)でコーヒーを飲む貴婦人

B よもやま話・・・「コーヒーはソーサで・・」
コーヒーを注文すればカップと受け皿(ソーサー)は必ずセットで出てきます。昔、ヨーロッパではコーヒーや紅茶をこの受け皿に移して冷ましながら飲む習慣があったそうです。カップの量とソーサの量が同量の入る大きさで、液体が溜めやすいようになっていたようです。

現在では受け皿に移して飲むような習慣はなくなったため受け皿はあまり深さを必要としなくなりました。

≪参考文献≫
ウィキペディア

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プロフィール

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日本コーヒー文化学会 理事、日本スペシャルティーコーヒー協会会員(SCAJ)、SCAJ公認 コーヒーマイスター(NO.169)、前・金沢大学講師 (文部科学省公認)

1977年岐阜県瑞浪市に「待夢珈琲店」開店、コーヒーの歴史書や専門書を読みあさり、独学で焙煎を覚え、自家焙煎の珈琲専門店をスタートさせる。

その後、世界のコーヒー産地を自らの足で回り、納得のいく優良な豆を買い付け、良質で新鮮な体に良いコーヒーを提供しています。

また、現在、中日文化センターの珈琲教室をはじめ、基礎クラスから専門クラスまで12講座をこなしています。

産地歴訪はエチオピア3回、イエメン4回、ブラジル、インドネシア、ケニア、タンザニア、ペルーなど。

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