<第46話>心に残る大関列伝(若嶋津編) 2016/6/29

中学卒で入門するのが大半だった時代に、高校卒から角界入りしたのが若嶋津(本名・日高六男)です。鹿児島県種子島出身で入門時から色が浅黒く、のちに「南海の黒ヒョウ」とあだ名をつけられ、目の輝きが際立っていました。

初土俵の昭和50年春場所、宿舎で初対面した当時の二子山親方(初代横綱若乃花)が最初に漏らした言葉です。

「なんだ、割り箸みたいだな」

それぐらい細身の少年でした。手足の大きさを見た師匠が「これなら関取になれる」と着目したのですが、さすがに慧眼でした。

同期生にのちに大関になる霧島や太寿山がいましたが、若嶋津は出世頭でした。とにかくよく稽古をしました。猛稽古、荒稽古で知られる二子山部屋にあって、本名日高の稽古ぶりはひときわ見る者の目を見張らせました。転がされたり、叩きつけられても立ち向かっていく姿に薩摩っ子の強い意志を感じたものです。

幕下上位にいて好成績をあげると、晴れて十両入りが約束されます。しかし、十両から陥落する人、上がる可能性のある競争相手らの星次第では微妙な場合もあります。番付発表までは気が気ではありません。

若嶋津が入門して5年後の昭和55年初場所、ほほえましい場面に出会いました。幕下5枚目で6勝をあげ、だれの目にも十両昇進を決定づけたのです。ただ、幕下以下の力士は自分の相撲が終わっても、すぐ帰るわけにはいきません。付け人としての仕事があるのです。

若嶋津は花道で土俵入りを待つ横綱若乃花(2代目横綱若乃花、元間垣親方)の背中を絞ったタオルでふいていました。傍らで見ていた私の目にもわかるほど、浮き浮きした気持ちを抑えきれないようにゴシゴシ力いっぱいこすっていたのです。

横綱が振り向いて「痛いじゃないか」と声を出したのですが、その顔はニッコリ笑っていました。「おめでとう、よく頑張ったな」。言葉には出しませんでしたが、横綱の優しさと喜びが素直に伝わってくる光景でした。

入門時、体が細く「割り箸」とあだ名された男は「南海の黒ヒョウ」に変身して3日後、正式に十両に昇進しました。

左四つで投げ、つりを武器としましたが、真骨頂は立ち向かっていく面魂(つらだましい)にありました。あくなき攻めの姿勢が大関を射止め、2度も優勝する存在となりました。

泣き所は太らないことでした。身長188センチ、最盛期の体重も120キロそこそこ。鍛えても鍛えても、肩から二の腕の筋肉が盛り上がるほどの変化はなく、筋骨隆々に遠く及びませんでした(ここが千代の富士と違うところです)。

常に相手を攻めるという激しさが実を結んで、昭和59年春場所に14勝1敗で初優勝を飾りました。同年名古屋場所では全勝優勝を飾り、愛知県体育館から名古屋の八事までパレードした姿が目に浮かびます。

昭和59年名古屋場所で2度目の優勝を全勝で飾りパレードする若嶋津

翌秋場所、九州場所で綱取りが期待されましたが、11勝止まりに終わり、夢は果たせませんでした。若乃花、隆の里の胸を借りて稽古に励み、横綱を目指しましたが、目前で果たせなかったのは無念だったに違いありません。千代の富士の厚い壁が立ちはだかった時代でした。

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プロフィール

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日本福祉大客員教授、元NHKアナウンサー・相撲ジャーナリスト

1930年、北九州市生まれ。早大卒業後、53年NHK入局。初任地は名古屋局で、自身初の大相撲実況は54年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋場所(当時は準本場所)。

NHK在職中は名古屋、福岡、大阪、東京と大相撲の本場所開催地の放送局に在籍。81年、大関貴ノ花引退の放送で思わず絶句。“泣きの杉山、泣かせの杉山”と異名をとる。相撲以外でも東京、メキシコ五輪をはじめプロ野球など各種のスポーツ実況を担当。

現在は日本福祉大生涯学習センター名誉センター長、客員教授。名古屋・栄の中日文化センター講座「大相撲の魅力を語る」で講師を務める。深い知識と豊富な経験を基に、講座で興味津々の話題を紹介してくれる。

著書に「大相撲この名勝負」「土俵の鬼三代」「兄弟横綱−若貴の心・技・体」「土俵のチンギス・ハーン 白鵬」「土俵の真実」などがある。

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