妊婦の300人に1人が感染するウイルスとは? 2014/8/2

自分の子供の排泄したウイルスに妊婦が感染して赤ちゃんが胎内で感染し、結果として難聴や発達の遅れた子供が産まれるという悲しい現実が結構な頻度で起こっているということをご存知ですか?

昨年、大きなニュースとなった風疹も胎内での感染を起こし、この2年ほどで20数人の先天性風疹感染児が発生しましたが、ここで問題にするウイルスは、その100倍以上の頻度で先天性感染(胎内感染)を起こすもので、その名前はサイトメガロウイルス(略してCMV)といいます。

あまりニュースになることもなく、認知度は妊婦さんの5%にすぎないという調査結果も出ています。実は、このウイルスは普通は幼少期に症状も無く感染し、2〜5年と長い期間、唾液や尿にウイルスが排泄され続けますが、大きな病気は起こしません。

しかし、胎内で感染が起こると胎児の発達異常を起します。胎内で感染が起こると羊水に、そして出生後は尿にウイルスが排泄されます。

しかし、出生後に感染した場合は、尿にウイルスが出現するまでに2-3週間かかります。このことを利用して、生後1-2週以内に採取した尿中のウイルスの有無で、胎内でのCMV感染の判定が可能です。

私は、前任地の国立感染症研究所で、オムツに仕込んだ濾紙に尿を集めて簡便迅速にウイルスの遺伝子を検出する検査法(核酸検査)を開発しました(下図)。

濾紙を用いた簡便な新生児のCMVスクリーニング検査

この方法を用いて、全国6地域25医療施設を含む大きな厚生労働省の研究班の取組みとして、2万人以上の新生児の尿中ウイルスの検査を行った結果、300人に1人の新生児にCMVは先天性感染していて、その3割で何らかの臨床症状や頭部画像所見の異常があることがわかりました。

さらに、遅発性の難聴などの神経学的障害が、出生時無症状のお子さんに発生することも知られています。従って、1000人に1人以上の小児で何らかの障害が発生していることになります。

この頻度は、新生児でスクリーニング検査が実施されている多くの遺伝的な病気よりもはるかに高いものです(下表参照)。

先天性CMVと新生児スクリーニングが行われる遺伝的な病気の頻度

疫学的に解析すると、先天性CMV感染児には、年長児がいる傾向があることがわかり、先天性感染児とその年長児の感染したウイルスを調べると85%のケースで一致していることから、年長児から妊婦、妊婦から胎児へと感染することもわかってきました。

1〜5歳の健康な子供たちの尿を調べると4人に1人が1mlの尿中に1万個以上のウイルス粒子を排泄しています。尿は簡単に乾きませんし、ウイルスもなかなか死にません。

1日1リットル程度のウイルス含有尿が1年排泄されると1億個以上のウイルスが垂れ流されていることになります。尿だけではなく、唾液にも同じようにウイルスが排出されます。

従って、年長児の食べ残しを妊婦が食べたりオムツ替えの後に手を洗わなければ、口からウイルスが入りこむことになります。妊娠可能年齢の女性の3割は、感染歴を持たないため、妊娠中に初めて感染すると大変なことになります。

しかし、乳幼児を抱えながらの妊婦に感染対策の全てを徹底してください、というのは現実的に不可能です。やはりワクチンで感染を予防することが一番ですが、まだ実用的なワクチンはありません。

なぜ簡単にワクチンが開発できないかというと、ヒトのCMVはヒトにしか感染せずマウスのCMVはマウスにしか感染しないことやヒトと同じ胎盤構造をもつのはサルとモルモットしかいないことがあります。そこで私達はモルモットに感染するCMVを用いて、どんなワクチンであれば胎内感染を防げるのかを研究しています。モルモットの妊娠期間は10週間で、ヒトの1/4です。妊娠動物にウイルスを感染させて、3週ほど経った後に解剖すると、胎児が死んでいたり発達が遅れていたりとヒトに似た障害を観察できます。このモデルを用いて各種のワクチンを評価することとなります。CMVワクチンを早く実用化したいところですが、その道のりはまだまだ遠いと言えます。
  一昨年に先天性CMVや先天性トキソプラズマ感染症の患者さんの会が発足しました。先天性感染症は、各病原体の頭文字をとりTORCH(T=トキソプラズマ、O=水痘・B19などその他、R=風疹、C=CMV、H=単純ヘルペス)感染症と呼ばれ、そのことから「トーチの会」という名前がつけられています。患者家族の目線からみた体験談など多くの方に見ていただきたい内容がホームページで公開されています(toxo-cmv.org)。

井上 直樹 岐阜薬科大学感染制御学研究室 教授

東京大学理学部生物化学科卒業、同大学院修了(理学博士)後、国立感染症研究所や米国疾病対策センター(CDC)などの感染症専門研究機関に勤務。専門は、ウイルス学。米国アトランタとシアトルに10年在住。昨年10月に国立感染症研究所より、岐阜薬科大学に着任。新たなワクチン・治療薬・病原体検出法の開発やその基礎となるウイルス学や免疫学を研究。趣味は、スキューバーダイビングと実験。

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