『チリの闘い』 2016/10/14

『チリの闘い』から。名古屋は10/15より、大阪は12/10より。ほか各地で公開。

映画はなるべく予備知識無しで見るようにしているが、その作品を名古屋シネマテークで上映するかどうか決める試写などの場合、チラシや解説書も未だ出来ておらず、ときには日本語タイトルさえ付いていないことがある。

そうなると予備知識は入れようにも入れられない。その方がダイレクトに映画に出会えるので、発見の面白さや驚きは大きい。この仕事の大きな楽しみと言えるだろう。でも、それは同時に自分の“見る眼”、大袈裟に言えばその映画と出会うまでの自分の人生が問われるということでもある。だから1本の映画に、自分の無知やいい加減さを思い知らされることもあるわけだ。

でも多少の厚かましさを交えつつ、こう言いたい。映画を見る面白さのかなりの部分は、そうやって見る側が自分自身を更新させていくところにあると。

『チリの闘い』というドキュメンタリー映画を、試写で見た。1970年、チリに成立したアジェンデ政権が、軍部のクーデターで崩壊する過程を追った3部作、全263分の大作だ。第1部冒頭、議会選挙直前の街頭で、人々がインタビューを受け、誰に投票するか次々に答えていく。

「今度の選挙は、マルクス主義か自由かの選択だ」「大統領は国を崩壊させた」「必要なのは、自由と平和と民主主義だ」。21世紀の日本に生きている私は…と言うよりもチリの歴史をろくに理解せず見始めた私は、思わずこれらの言葉にうなずく。

そりゃそうだ、必要なのは自由と平和と民主主義だ。…だがしかし、よく見ていると、そうした言葉を述べる人々は押し並べて身なりも良く、話し方もどこか高圧的だ。翻って、社会主義国家を目指すアジェンデ政権を支持する人たちは圧倒的に労働者が多い。やっと自分たちの人権が認められ、生活の改善が成されてきたことを誇らしげに語っている。

やがて映画は、南米の社会主義化を恐れたアメリカが、チリのブルジョワ層と軍部を抱き込み、アジェンデ政権の転覆を画策していることを、次第に明らかにしていく。そこに至って、ようやく気付かされる、これは「自由と平和と民主主義」の言葉のもとに虐げられてきた、それらを持てなかった人々の記録なのだと。

先に「21世紀の日本に生きている私は…」と書いた。たしかにこの映画で描かれる1970年代初頭のチリを、「社会主義に夢と理想を抱いていた時代」と片付けるのはたやすい。その後のソ連の崩壊と東西ドイツの統合に象徴されるように、社会主義は夢、それも悪い夢でしかなかったと言う人もいるだろう。そうした立場から見れば、この映画は「遠い過去の記録」にすぎないし、価値観の違いに隔世の感を抱く人もいるかもしれない。

しかし、21世紀の今、世界が幸福な時代にあると自信を持って言える人が、どれだけいるだろう? 持てる者と持たざる者の格差は拡がる一方で、持たざる者のメッセージは暴力として噴出し続けている。そうした現実から眼をそむけ、行き詰まり感を払拭するため、オリンピックだの万博だのと、幻覚の見える薬を処方し続ける国さえある…。

もちろん「あの時代」に戻ってやりなおすことなど出来はしない。『チリの闘い』にしても、第1部で民衆の支持を受けたアジェンデ政権が、第2部の終盤では軍部のクーデターによって一瞬にして崩壊する様子が描かれる。でも映画はそこでは終わらない。

第3部は独裁政権下での弾圧のドキュメントだろうか...? そんな予想を裏切って、映画は転調する。時間軸が戻り、アジェンデを支持する労働者や農民たちが、いかにして横の連携を作り、運動を拡げていったか、その過程が描かれる。

第1部、2部のような歴史がダイナミックに動く場を目撃する感動はここには無い。だが、作り手が第3部をこのように作りたかった気持ちは痛いほど分かる。不幸な時代が続いても、それで終わりではない。

人々が信頼し合い、ともに行動することに大きな価値があり、その力は必ず未来を作り出す。作り手は、それを言わずして映画を終わらせることは出来なかったのだろう。そして、そうであるがゆえに、この映画は、今もかけがえのない輝きを放つ。歴史を知る人にも、知らない人にも、発見と感銘を与える傑作だと思う。236分、決して長くありません。

『チリの闘い』から。監督のパトリシオ・グスマンは『光のノスタルジア』『真珠のボタン』などの作品でも知られる。
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プロフィール

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名古屋シネマテーク 支配人

1961年、名古屋市生まれ 。南山大学卒。在学時から、自主上映団体「ナゴヤシネアスト」のスタッフに参加。

卒業後は、同会が1982年に設立したミニ・シアター「名古屋シネマテーク」の専従スタッフとなり、1987年より支配人。

1993年〜2002年、愛知芸術文化センターオリジナル映像制作作家選定委員。

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