コーヒー栽培が世界に広まる 2020/1/16

コーヒー栽培の伝播図

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

前回までは、アラブ世界からヨーロッパに伝わったカフェのお話をいたしましたが、今回は、コーヒー栽培がどのように広まったのか大まかに一周してみたいと思います。

ヨーロッパに伝わったコーヒーとカフェのお話 Part.1
ヨーロッパに伝わったコーヒーとカフェのお話 Part.2

◎「コーヒーの樹が世界に広まった歴史」

「1本のコーヒーの苗木にこめた、ある男性の熱い思いにまつわる話はそう評されてきた・・」と、1935年、アメリカで発刊された、ウィリアム・H・ユーカースの著書「オール・アバウト・コーヒー」は述べています。その1本の苗木がなければ,年間の売り上げが700億j(約8兆500億円)に上る現在のコーヒー産業はあり得ませんでした。

サイエンティフィック・アメリカン誌によれば,世界における取引額がコーヒーをしのぐのは石油だけなのです。コーヒーの生産、流通について考えたとき、コーヒー豆は一次産品(加工されていない産出品)としては、石油につぐ貿易額を誇っている。これは、主食であるコメ、小麦、砂糖をはるかに上まわるのです。

そして、そのルートは主に、ラテンアメリカ、アジア、アフリカといった発展途上国で生産され、欧米、日本といった先進国で大量消費されている飲み物ですが、別段なにも栄養があるわけではないのです。

現在のコーヒー
☆ 石油に次いで世界で2番目に多く取引されている商品である。
☆ 全世界で1日に飲まれているコーヒーの量はカップ約20億杯にのぼる。
☆ コーヒーは、水に次いで世界で2番目に多く飲まれている飲み物である。

コーヒーの飲用は17世紀に世界中へと広まっていきました。 しかし、その生産地となると話は別で、依然アラビア半島のイエメンが唯一の産地で、世界で飲まれるコーヒーはすべてここで生産されたものでした。 コーヒーの需要は拡大し、その輸出でイエメンは巨額の利益を得ることになります。 コーヒーの木は、イエメンにとって文字通り「金のなる木」だったといえるでしょう。

そのため、国外への持ち出しは固く禁じられ、禁を犯せば重罪が課せられました。 生産地の拡大は、イエメンにとってはもっとも憂慮すべき事態だったのです。 コーヒーは私たちの知っている「焙煎されたコーヒー豆」になってしまうと発芽しないため、その状態での輸出には問題はありませんでした。 パーチメントコーヒーや脱穀前の実、あるいは苗木の持ち出しを阻止すればよかったのです。

@「ババ・ブータン(BABA BUDAN)」

イスラム教の国イエメンで栽培されていたコーヒーは国外に出すのを厳しく禁止されていました。モカ港からヨーロッパに輸出したコーヒーも芽を出さないために焙煎していたとの話があるくらいです。しかし、1610年、コーヒーの国外持ち出しに成功する人物が登場します。 ババ・ブータンという名のインド人でした。 ブータンはメッカ巡礼のおりに発芽できる状態のコーヒー豆を手に入れ、こっそりと故郷に持ち帰ったのです。

この豆は南インドのマイソール海岸Mysore(現カルナタカ州)で栽培に成功して、南インド一帯はコーヒー産地となりました。その後、湿度が多い気候ために、さび病にかかりほぼ全滅して、多くは紅茶栽培に切り替えられました。

Aインドネシアに伝わったコーヒー

17世紀に入り、ヨーロッパ各国にコーヒーが普及し始めると、イギリス・フランス・オランダの東インド会社がこぞって、イエメンからの輸入取引を始める。コーヒーの積み出しが行われたイエメンの小さな港のモカには各国の商館が建ち並び栄えました。「モッカ」はヨーロッパでは最初のコーヒーブランドとなりました。

オランダ東インド会社は、1658年セイロン島へコーヒーの苗木を持ち込み少量栽培に成功しました。 さらに1696年には、インドネシアのジャワ島で大量生産に成功しました。そうして、オランダ東インド会社は、セイロン・ジャワで生産したコーヒーをイエメンのモカコーヒーより安い値段でヨーロッパに売り込み、オランダはコーヒー取引をほぼ独占しました。

➂パリからマルティニーク島〜カリブの島々へ伝わったコーヒー栽培

1696年に、コーヒーの栽培はオランダ人によってオランダ領東インド諸島(現インドネシア)のジャワ島へ伝わりました。 1706年には、ジャワ島の農園にあった1本の苗木を、オランダのアムステルダムの植物園に移植しました。その苗木は豊かに実を結びました。

1714年に、アムステルダム市長がフランスの国王ルイ14世に、そのうちの1本を寄贈すると,王はそれをパリにあるジャルダン・デ・プラント,つまり王立植物園の温室に植えさせました。

フランスは,コーヒー貿易への参入に強い意欲を示し,種と木をアフリカ、マダガスカル島の東に位置するレ・ユニオン島に送ります。しかし栽培には失敗し,ある権威筋によると,1本を除いてすべてが枯死したと言われています。それでも1720年には,生き残ったその木から取れた1万5,000個の種の植え付けが行なわれ,農園の設立が実現します。コーヒーの木は貴重なものとみなされ,1本でも傷つけて枯らした者は死刑にされました。その後、フランスはカリブ海の島々にも農園を作ろうとしますが,初めの2回はいずれも失敗に終わりました。

1723年――。 フランスのある将校が、西インド諸島のフランス領、マルティニーク島へ向かうことになりました。 ガブリエル・ド・クリューという名の歩兵大尉でした。 ド・クリューは配属先のマルティニーク島から一時帰国していたのですが、再び任地へ戻ることになったのです。

この航海に当たり、ド・クリューはコーヒーの苗木を持っていこうと考えました。 本国の人々がコーヒーに夢中になっているのを見て、思いついたアイデアでした。 この頃すでにオランダはインドネシアでのコーヒー栽培に成功していましたが、 マルティニーク島の気候はインドネシアのそれに似ていたのです。

しかし、このアイデアには致命的な弱点がありました。 肝心のコーヒーの木がなかったのです。ド・クリューは手を尽くしてコーヒーの木を探しました。 そして、たった一カ所だけ、フランス国内にコーヒーの木があることを知りました。 アムステルダム市長からルイ14世に献上された、あのコーヒーの木を保存しているパリの植物園でした。

ド・クリューは植物園に話をつけてコーヒーの苗木を分けてもらいました。 当時の大西洋横断は1ヶ月以上に及ぶ過酷な航海だったそうです。ド・クリューは旅行の間,一部がガラスでできた箱の中に貴重な苗を入れ,コーヒーの木が日光を吸収し,曇った日でも冷えないようにし、船がチュニジアの海賊に遭い,暴風雨に見舞われ,最も悪いことに赤道無風帯で凪につかまって進めまず、飲料水が不足した時も水を与え続けました。

ド・クリューはこう書いています。

「極度の水不足のため,わたしは1か月以上,自分に分配されたわずかな水をその植物に分け与えました。その植物はわたしの最大の望みであり,喜びの源であったのです」

こうして数々の苦難を乗り越えて、ド・クリューは無事マルティニーク島に上陸。苗木の移植に成功しました。コーヒーの木は元気な状態でマルティニーク島に到着し,熱帯の気候のもとでよく成長し,増えてゆきます。その後、フランス領ギアナとスリナムに植えられカリブ海系のコーヒー栽培の基となりました。 カリブ海、および中南米諸国のコーヒーは、みなこのド・クリューの苗木の子孫であるといわれています。 アラビアのイエメンから南インドに渡り、南インドからインドネシア、オランダ、フランス、 そしてカリブ海へと渡ったモカ・コーヒーの子孫なのです。

(資料)スリナム共和国、通称スリナムは、南アメリカの北東部に位置する共和制国家である。東にフランス領ギアナ、西にガイアナ、南にブラジルと国境を接し、北はカリブ海、大西洋に面する。首都はパラマリボ

Cロマンがもたらしたブラジルコーヒー

左下段・・「フランシスコ・デメロ・パリエッタの銅像」、他は、私がブラジル視察旅行に行った時の農園、港、コーヒー取引所などの写真

一方カリブ海の諸国に珈琲が植えられると、ブラジルもコーヒーの栽培に興味を示し何とかして苗木が手に入らないものかといろいろな手を打ちました。しかし、ひそかに持ち込もうとする試みは失敗に終わります。

1727年、ブラジルの最北部に隣接する仏領ギアナとスリナムは国境をめぐって争うようになり,ブラジルに調停役を依頼しました。そこで、ブラジルから境界紛争を解決するためにフランシスコ・デ・メロ・パリエッタ(沿岸警備隊の副隊長でした)が特使としてギアナに派遣されたのです。紛争問題解決という大任を預かったパリエッタでしたが、実は密かにもうひとつの指令が下されていました。それは、生育可能なコーヒーの種か苗木をブラジルに持ち帰るように、という指令でした。

このパリエッタ!超美形で、ギアナの社交会の高官婦人たちがこぞってメイクを競い彼のまわりに集まっていたのです。パリエッタはこの人気を利用して、社交場で 『ギアナには”コーヒー”という飲み物があるそうですが一度飲んでみたいものですね。』

この願いはさっそくかなえられ、晩餐会では彼の人気のおかげで当時、貴重品だったギアナ産のコーヒーが振舞われたそうです。パリエッタはここで自分に最も関心を寄せているフランス代理総督婦人でギアナ総督婦人「カイエンヌ」と灼熱の恋に落ちました。この彼女との恋がブラジルコーヒーの芽生えとなったのです。

「コーヒーの種か苗木をいただけないでしょうか?」

パリエッタは決死の覚悟でカイエンヌにお願いしました。それは一世一代の賭けでした。当時のギアナではコーヒーの国外流出予防策を講じていて、コーヒーの種子や苗木を一切、国外へ持ち出せなかったのです。もし、見つかれば間違いなくその場で殺されるのです。

まもなく、国境紛争についての調停が成立し、帰国の時がやってきました。総督が主催したお別れの晩餐会で万雷の拍手を浴び、パリエッタは総督婦人のカイエンヌから大きな花束を贈られました。

カイエンヌは『中のコーヒーをお持ち帰りになって、召し上がってください』と、ささやくように言いました。花束の中にはコーヒーの苗木や種が隠されていたのです。

こうして パリエッタは1000粒あまりのコーヒーの種と5本の苗木を持ち帰る事に成功して、アマゾン川沿いのパラ地区に植え繁殖しました。ブラジルコーヒーの栽培の始まりです。それから7年後の1734年には、パラ地区からリスボンに向けてコーヒー3000アローバ(60kg入り750俵)が輸出されたという公式記録が残っています。                    

このようにして苦難と海を乗り越え、イエメンよりつながったコーヒー栽培は、今では80ほどの国や地域の2,500万余りの農家で,推定150億本のコーヒーの木が栽培されています。

そして、毎日、22億5,000万杯のカップコーヒーとなり、世界で一番飲まれ愛されている飲み物の王様となりました。

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日本コーヒー文化学会 理事、日本スペシャルティーコーヒー協会会員(SCAJ)、SCAJ公認 コーヒーマイスター(NO.169)、前・金沢大学講師 (文部科学省公認)

1977年岐阜県瑞浪市に「待夢珈琲店」開店、コーヒーの歴史書や専門書を読みあさり、独学で焙煎を覚え、自家焙煎の珈琲専門店をスタートさせる。

その後、世界のコーヒー産地を自らの足で回り、納得のいく優良な豆を買い付け、良質で新鮮な体に良いコーヒーを提供しています。

また、現在、中日文化センターの珈琲教室をはじめ、基礎クラスから専門クラスまで12講座をこなしています。

産地歴訪はエチオピア3回、イエメン4回、ブラジル、インドネシア、ケニア、タンザニア、ペルーなど。

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