記事一覧

西美濃の安八郡神戸町まで侵攻を拡大するも、それ以上は攻められず

桶狭間合戦の翌年である1561年(永禄4年)5月、現在の岐阜県本巣市軽海まで兵を進めた信長ですが、信長公記では一旦兵を退いていることになっています。 しかしこれは信長自身が清須に戻っただけで、実際には軍は…

2014/9/24

あまり知られていない軽海・十四条の戦い

先回紹介した森部の戦いで美濃での勝利を納めた信長勢は、そのまま攻め上り大将を失った墨俣の砦(森部の4キロ北のあたり)を奪い取ります。 墨俣といえば、後に羽柴秀吉が一夜城を築いたという逸話で知られた場…

2014/9/9

義龍亡き後の森部の戦いで初めて美濃勢に勝利

桶狭間合戦の翌年、1561年に信長はいよいよ本格的に美濃へ侵攻します。前年にも桶狭間勝利の勢いをかって二度、美濃を攻めてはいますが、敗退。また当時は三河方面にもまだまだ気を配る必要がありました。 しかし…

2014/8/20

信長の時代の木曽川本流の流れはどこなのでしょうか

桶狭間合戦以降の信長の美濃攻めですが、その前に知っておきたいのが当時の大河の流れに関してです。 尾張からはいくつかの大河を越えないと美濃へ攻め入れないのですが、その一つである木曽川は、今とは違い何本…

2014/7/25

わからないことが多すぎる、信長の美濃攻め7年間

さて、この連載記事は基本として「信長公記」という信長の家臣であった太田牛一という人が残した信長の一代記、その首巻部分をベースにしています。 信長公記は永禄11年に信長が京に上ってからを巻一として毎年の…

2014/7/8

豊田スタジアム界隈は信長の時代、なんと尾張だったのです

6月7,8日、今度は豊明市で桶狭間古戦場祭りがありました。特に8日は幹線道路を封鎖しての武者行列やら、合戦再現劇などがあり、縮小版名古屋まつりみたいな、いかにも市をあげてのお祭りらしい派手なものでし…

2014/6/16

松平元康、桶狭間合戦の半年後に信長と同盟

5月18日、名古屋市緑区で桶狭間古戦場まつりが今年も開催されました。昨年は雨に祟られましたが、今年は快晴の中、例年に増して大盛り上がり。 特に各地から集った甲冑武者隊の行列もあり、そこかしこに甲冑を着た…

2014/5/23

今年も二会場で桶狭間古戦場まつりが開催されます

今年も桶狭間の戦いの時期となりました。今回は美濃攻めの話はお休みして、桶狭間でのお祭りの話です。 永禄3年5月19日、新暦では1560年6月12日に行われた織田信長と今川義元の直接対決。敵の大将首を取ってしまっ…

2014/5/1

美濃攻めは二度の敗戦から始まりました

1560年(永禄3年)5月19日に桶狭間で思いがけず義元の首級をあげた信長、満26歳。このあとは1567年(永禄10年)に稲葉山城を落として岐阜城とし、天下布武を宣するまで7年間、美濃攻めを続けることになります。 …

2014/4/9

桶狭間合戦後、松平元康(家康)はどうやって撤退したのでしょうか

去る3月11日、高蔵寺中日文化センターで行ってきた半年間に渡る「尾張時代の信長を巡る」講座の最終回として、名鉄鳴海駅を出発して、鳴海城址、山王山、丹下砦、善照寺砦、中島砦、鷲津砦、正光寺砦、向山砦、大高…

2014/3/19

プロフィール

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自動車&歴史ライター

1956年 名古屋市守山区(当時は守山市)生まれ。バンド活動から自動車雑誌、タウン雑誌などの編集を経て、出版編集・web制作を生業とする株式会社デイズを創業。

代表を務めつつ、自動車ライターとして、中日スポーツなどで試乗記を10数年間、毎週執筆。現在は「モーターデイズ」というwebサイトを中心に活動中。

今年5月には、長年の取材をまとめた「信長公記で追う桶狭間への道」を出版。織田信長誕生から桶狭間の合戦までの26年の人生、その年齢ごとのゆかりの地をクルマでたどる歴史観光ガイドムック(雑誌タイプの本)で、歴史ライターとしても活動を始めた。

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