記事一覧

桶狭間の「地元」合戦はそろそろ和睦しないと…

今回はまたまたちょっと脇道にそれますが、桶狭間の古戦場跡が豊明市と名古屋市緑区の二カ所にあること、ご存知ですよね。 超有名な合戦なのに謎ばかりの桶狭間合戦ですが、旧日本軍が説いた迂回奇襲説が強かった…

2015/6/1

国宝犬山城は信長時代のものではない?金山城を移築したもの??

尾張をやっと統一したかに思えた信長に対し、反旗を翻した犬山城の織田信清。この人は信長の従兄弟で、信長のおそらく妹となる人を妻としていますから、義理の兄弟でもあったわけです。 信清の父信康は信長の父信…

2015/5/9

調略により犬山側の小口城、黒田城が信長へ寝返る

小牧山城の話でずいぶん停滞してしまいましたが、信長の美濃攻めに関して、話を進めていきたいと思います。その前に簡単におさらいを。 1560年5月に桶狭間で今川義元を破った信長は、その勢いで西濃から美濃を攻め…

2015/4/16

まだ引っ張る小牧山城の話「都市計画に基づいた城下町」

信長の美濃攻略話、ずっと小牧山城に留まってしまっていますが、いよいよ今回がその最終回です。 山頂付近の発掘調査によって3段の石垣が発見され、いよいよ当時としては驚くべき規模の城であるとわかりつつある…

2015/3/21

小牧山城でなんと三段目となる石垣が見つかりました!

小牧山城の発掘調査で、またまた凄い発見がありました。これまでこの連載でも書いてきたように、信長が作った小牧山城は天守部分をぐるりと二段の石垣が取り巻いているという画期的な「見せるための城」でしたが、…

2015/2/16

信長の尾張支配研究に重要な、天白元屋敷遺跡発掘調査の見学会

小牧山城のお話をちょっとまたお休みして、今回は去る1月10日に名古屋市内、守山区中志段味の「天白元屋敷遺跡発掘調査」の見学会と説明会に行ってきたご報告を。

2015/1/13

初日の出ならここ! 尾張の新たな首都小牧、誰も見たことのない石垣の城「小牧山城」その3

1563年(永禄6年)からわずか4年使われただけの小牧山城。前にご紹介したように、発掘調査で上下二段の石垣を持つことがわかったこの城は、この時代の城としては他に類を見ない造形でした。 城という字が土から成…

2014/12/21

「第7回信長学フォーラム」と「あいち合戦ワールド」

今回は小牧山城の話を一回お休みして、11月24日の祝日に開催された「第7回信長学フォーラム」と11月30日に行われた「あいち合戦ワールド」の報告を。 11月24日の振替休日、金色に輝く信長像のあるJR岐阜駅前、じゅ…

2014/12/2

尾張の新たな首都小牧、誰も見たことのない石垣の城「小牧山城」その2

1562年(永禄5年)美濃との間で停戦した信長は考えました。 「そう簡単に美濃は落ちない。犬山もまた同様。となればまず尾張で自分の立ち位置を再検討すべきではないか。」 当時、尾張の有力者たちは、まだ完全…

2014/11/15

尾張の新たな首都小牧、誰も見たことのない石垣の城「小牧山城」 その1

小牧山城。歴史好きの間でこの城ほど最近脚光を浴びている城はありません。というのもここ10年ほどの継続的な発掘調査によって、この城が従来考えられてきたものとは、まったく別のものとわかってきたからです。 …

2014/10/25

プロフィール

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歴史ライター

名古屋市守山区出身。地元出版社で自動車雑誌、タウン雑誌などの編集者を経て、編集・web制作の株式会社デイズを創業し、現在は代表取締役会長。

長く自動車ライターとして活動してきたが、2012年に信長ゆかりの地をめぐるガイド本「信長公記で追う桶狭間への道」を出版し、以降は歴史ライターを中心に活動。2018年に「信長公記・天理本」の首巻部分を現代語訳(かぎや散人氏・訳)で出版し、2019年には「桶狭間の戦い」の新解釈(新説)を歴史雑誌で発表した。座学と現地歩きの講座「若き信長150名所スタンプラリー」を鳴海中日文化センターで開講中。

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