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天守閣のエレベーター 文化財復元のジレンマ 

2019/2/9 紙面から

河村たかしさん

 金のしゃちほこで知られる名古屋城で、天守を築城当時の木造で復元する計画が進む。名古屋市は史実を尊重してエレベーター不設置の方針で、障害者が反発している。文化財の復元の際、「本物性」と「バリアフリー」はどう両立すべきか。

 <名古屋城木造復元> 1612年築城の名古屋城は、1930年に第1号の国宝(旧国宝)に指定された名城。45年に米軍の空襲で焼失し、59年にコンクリート造りで再建された。それから約60年がたち、城を管理する名古屋市は2017年、木造による天守復元を決定。史実を尊重する観点から、内部にエレベーターを設置しない方針を表明した。これに対し、障害者団体は反対の署名を集めるなど反発している。

◆400年前の叡智触れて 名古屋市長・河村たかしさん

 なぜ史実に忠実な復元にこだわるのか。人類には、先人がつくったものを次世代に伝える義務があります。法隆寺とかモナリザの絵は本物を大切に残そうとするでしょう。名古屋城という四百年前の叡智(えいち)のたまものを千年後まで残すことは、今を生きるわれわれの社会的使命だと思います。

 復元する天守にエレベーターを付けることも検討しました。設計・施工主の竹中工務店に設置と不設置の両方の図面を出してもらいました。仮に十一人乗りのエレベーターを付ける場合、柱十本、梁(はり)三十本を本来の場所に設置できません。

 そうすると木造の建物ではなくなってしまう可能性があります。エレベーターの重さを木造で支えるには強度が足りず、エレベーター用の空間に鉄骨を入れなければなりません。

 文化庁の「歴史的建造物の復元に関する基準」では、構造や形式について本物に忠実に再現することと定めています。鉄骨が入り、柱や梁を変更した建物は歴史的建造物の復元と認められないかもしれません。

 われわれはエレベーターにこだわらず、新しい技術で障害のある方々に天守に上ってもらおうと考えています。名古屋にはモノづくりの伝統があり、その分野で利益を上げさせてもらっています。ロボット技術は日本でトップクラスです。そうした技術をこのチャンスに生かしたい。将来、姫路城や松本城にも応用し、目や足が不自由な方、要介護の方も上ることができれば夢のあるチャレンジになるでしょう。

 現時点では、パワーアシストスーツ(筋力を補強するための人体装着用の機械)を着た人が、背負子(しょいこ)のようなものに乗せて担いでいく方法が一番実現性が高いと思います。乗った方と会話したり、お城の解説をしてあげたりできます。火事になったときは補助役の人力が救助の役に立ちます。エレベーターは止まってしまいますから。あとは、体の不自由な方だけが利用できる営業日を設定するやり方も考えられます。

 旧天守の実測図や写真など、これだけの資料が残っている城はほかにありません。本物に忠実に復元し、障害者にも健常者にも上まで行ってもらい、四百年前の人類の叡智に触れてほしい。その前提で上るための工夫をする。それが本当のバリアフリーではないでしょうか。

 <かわむら・たかし> 1948年、愛知県生まれ。一橋大商学部を卒業後、実家の古紙回収会社に入社。93年の衆院選で初当選し、5期務めた後、2009年に名古屋市長選で初当選。現在3期目。

◆他国の前例も参考に 国際記念物遺跡会議(イコモス)会長・河野俊行さん

 戦争で破壊され、再建された後に世界遺産に登録された例はいくつかあります。

 第二次大戦で破壊されてから、建て直されたワルシャワ旧市街(歴史地区)は、一度延期された後、一九八〇年に世界遺産に登録されました。ボスニア・ヘルツェゴビナにあるモスタルの石橋(スタリ・モスト)も九三年に破壊され、その十一年後建て直され、二〇〇五年に世界遺産に登録されています。

 一九七八年に登録されたドイツのアーヘン大聖堂も第二次大戦でかなりダメージを受けていますし、木材部分は新しい部材に変えています。また、世界遺産であるシリアのパルミラ遺跡やアレッポは、イスラム過激派「イスラム国」(IS)に壊滅的に破壊されましたが、世界遺産としての地位を維持するという前提で再建の議論が始まろうとしています。

 文化遺産の破壊と再建の関係はこのように複雑であり、資料に基づいて忠実に復元しても、それは新築建造物にすぎないという議論は単純化されすぎているという印象を持ちます。

 史実に忠実に復元することとバリアフリーをどう両立するかという議論が、世界遺産の審査に関わる人の間で起きているとは聞いていません。文化財としての価値とアクセスの両立をどう図るかは、案件によるように思われます。

 欧州連合がアクセスに関する調査を始めたと漏れ聞いていますし、木造建築は北欧、東欧、ロシアなどにも立派なものがあり、参考事例があるかもしれません。

 報道で見る限り、名古屋城の天守復元には、国宝に相当する特別史跡である石垣の保存、バリアフリー、匠(たくみ)の技の継承、戦災復興などさまざまな論点があります。石垣をきちんと守ることと天守を復元することをどう両立させていくかという工夫は重要なポイントです。問題が複合的なのに、特定の問題のみに焦点が当たり、しかも二〇二二年末までに造ると決められてしまっていては、解決が難しくなります。

 文化財は本来、人を幸せにするものです。エレベーターの設置を求める障害者の方々が名古屋市役所の前でハンガーストライキをやったような状況は胸が痛みます。時間をかけて知見を集め、他国から参考にされるような、より良い復元を目指すべきだと考えます。

 <こうの・としゆき> 1958年、大阪府生まれ。九州大教授。2017年、世界文化遺産登録の事前審査を行う非政府組織「国際記念物遺跡会議(イコモス)」の会長に日本人で初めて就任した。

◆時代に合った方法で 東洋大教授・高橋儀平さん

 時代に合った復元の仕方というものがあると思います。超高齢社会、増加する訪日観光客、ベビーカーを押すお母さんやお父さん、さまざまな障害のある方もいます。みんなで一緒に楽しむのが今求められている社会のあり方。東京パラリンピックもそこが問われています。

 新国立競技場のエレベーターはすべて三十人乗りになります。多くの人が一度に乗って、円滑に移動するにはそれだけのものが必要だということです。

 現在のコンクリート製の名古屋城には二十三人乗りのエレベーターが二基あります。確かに、木造で復元する場合、二十三人乗りの大きなエレベーターは一基でも付けるのは難しい。ただ、今のアクセシビリティー(施設が基本的に誰にでも利用できること)より後退することは避けていただきたいというのが私の主張です。

 そもそも、建て直す天守は現代の産物です。四百年前にはなかった重機を使いますし、防災のために四百年前にはなかった火災警報装置や耐震装置を付けます。

 エレベーターを設置したから新天守の価値が下がるとは考えにくいです。意匠の技術も進んでおり、史実に近い形で加工できます。エレベーターの入り口に木材をあしらい、デジタルサイネージ(電子看板)でうまく隠すこともできるはずです。

 国内外の文化財で、移動の不自由な人をおんぶやかごで担いで運ぶところはあります。香川の金刀比羅宮(ことひらぐう)や世界遺産になっているインドのアジャンター石窟群では、かごで担いで運ぶところを見ました。

 しかし、階段の急な名古屋城で安全に、安心して運ぶことができるでしょうか。エレベーターでさえ、建築基準法で定める建築確認が必要で、設置の手続きに大変時間がかかる。新技術による垂直移動装置となると、安全性の確認や検証を含めさまざまな議論が出て、さらに時間がかかるでしょう。障害の形態や程度に応じた複数の移動手段を用意する必要も出てきそうです。二〇二二年の完成予定に間に合うでしょうか。

 私も建築の歴史を勉強してきましたから、史実に忠実に復元したいという気持ちは分かります。しかし、税金を使って建て、世界から注目を集める施設です。これからの社会のありようを反映し、次の歴史をつくる観点に立つべきだと思います。

 <たかはし・ぎへい> 1948年、埼玉県生まれ。専門は建築学、都市計画。1級建築士。著書(共著含む)に『バリアフリーなんでも事典』『共生のユニバーサルデザイン』『ライフデザイン学』など。

 (聞き手・垣見洋樹)

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